お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。

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2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)
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1986年,山梨県立日川高校の♂39人が学校の授業でスキー合宿に来ていた長野県北安曇郡白馬村の土産物店で集団万引きをはたらいたとして,大町署は17日までにこの生徒たちを盗みと贓物収受の疑いで補導しました。

39人のうち29人(2年生25人,3年生4人)は13日19時半から22時ごろまでの自由時間に4,5人ずつのグループに分かれ,白馬村北城の土産物店5店でスキー用品など計約200点,40万円相当を万引きし,残りの10人(2年生,3年生とも5人)は盗品と知りながら一部を受け取っていました。「長野の田舎に行けば簡単に万引きができる」と上級生から聞かされていたということです。

日川高校は11の競技でかいじ国体の強化指定校になっており,補導された生徒には国体候補選手約20人や野球部員もいました。

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やはりアグネスデジタルですね。テイエムオペラオーと並ぶ1990年以降における日本競馬の最強馬の1頭だと私は思っています。

という話ではなくて,実は台風の話だったりします。

1948年11月12日にマリアナ東方海上に発生した“低気圧”は14日に台風アグネスAGNESとなり,19日,房総半島に上陸しました。

「気象要覧」には上陸したとハッキリとは書かれていないのですが,JTWCのベストトラックデータによると,19日の15時と21時の間に房総半島に上陸しています。その前後の中心付近の最大風速は55~50ノットです(これは日本で通常使われている10分間の平均ではなく,1分間の平均です)

『続・台風物語』などによると,これは記録上4番目に遅い上陸です。

とくに強い台風ではなかったのですが,やはり台風台風で,東京都内では墨田区で約600戸が浸水,葛飾区や江戸川区でも床下浸水の被害がありました。また,愛知県で新築中の中学校が2校,全壊しました。被害は全体で死者・不明11人,家屋全壊137棟,床上・床下浸水2902棟などとなっています。

アグネス台風は1952年11月に再度?!来襲し,上陸はしなかったものの,大島に300mmの大雨を降らせました。その後も何度かあらわれていますが(1957年7号,1960年13号,1963年8号,1965年27号,1968年13号,1971年27号,1974年22号,1978年9号,1981年18号,1984年24号,1988年7号),再び上陸することはありませんでした。

そういえば,大昔,アグネス・ラムとかいう元祖グラドルのようなタレントがデビューしたときスゴい騒ぎだったみたいですが,ある意味これもアグネス台風ですね。

ちなみに,アグネスタイフウという競走馬は昔も今もいないようです。

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前の日記に書いたように台風13号Sinlakuの動きが気になるところですが,台風13号といえばウラン怪獣ガボラです。

1966年9月11日,要するに42年前の明日,「ウルトラマン」第9話「電光石火作戦」が放送されました。その冒頭は次のようなナレーション。ナレーターはまだ石坂浩二さんです。

台風13号は本日午後3時14分,伊豆半島に上陸北上中。中心付近の気圧は913mb,最大風速45m/s,暴風圏は半径50km。

上陸時刻が分刻みだったり,中心気圧の割には最大風速が弱かったり,“暴風圏”(今流でいえば暴風域のことでしょう)にいたっては信じられないくらい狭かったりしますが,あくまでドラマ上の台風ですからツッコまないことにします。

それよりも,このお話,今に通じる教訓を含んでいます。“非常に強い”台風がやってくるというのにバカ少年団がキャンプを続行して孤立,この連中の存在がウラン怪獣ガボラ退治のジャマになります。DQNの無謀な行為はいつの時代も迷惑をまき散らします。こんなやつらほっときゃいいのに……。

それにしてもホシノというガキ,何回見てもウザいなあ……。

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与謝野晶子に「颱風」と題する随筆があります。

八月十三日。
昨夜は夜通し蒸暑くて寝苦しかつた。夕刊の新聞に台風が東京をも襲ふ筈だと書いてあつたが、夜の十時頃から果してそれらしい風が吹き出した。併し雨はまだ小降であつた。蚊遣線香が無くなつたので十一時で筆を止めて蚊帳の中に入つたが、寝苦しいままに何時しかうとうととすると、アウギュストが啼いたので目が覚めた、もう夜明である。白んだ戸の隙間から吹き込む風で蚊帳が凄《すさま》じい程煽《あふ》られて居る。

ではじまります青空文庫より。新字旧仮名になっています)

すぐにわき上がる疑問――これはいったいいつの台風なのか。もちろん調べてあります。

ヒントは次の部分にあります。

今日の新聞にある電報では独逸の大軍が仏蘭西と白耳義の国境へ集中され、カイゼル自身が国境戦の声援に出馬したやうである。リエイジュの一敗位に懲りる様な独逸ではないから、英仏の連合軍を相手に激しい大会戦が行はれるであらう。

これは第一次世界大戦のいわゆる「リエージュの攻城戦」のことで,このことから1914年であることがわかります。

リエージュの攻城戦というのは,ものの本によると,第一次世界大戦の初っ端,中立国ベルギーが侵入してきたドイツ軍をリエージュ要塞で迎え撃った戦いで,当時の新聞に

勇ましきリエジユ魂
婦女老幼悉く剱を拔いて
祖國の爲めに獨軍と鬪ふ

などとあります(8月13日付東京朝日)。はじめはドイツ軍を撃退しましたが,炸裂する42センチ砲の威力の前に徐々に形勢が不利になり,8月16日ついに陥落しました。

ちなみに,リエージュといえば,リエージュワッフルがあります。丸い形とサクッとした食感が特徴だそうです。

さて,このときの台風について「気象要覧」には

此颱風ハ十日小笠原列島ノ南方海上ニ顯ハレ北北西ノ進路ヲ採リテ進行シ十一日ノ午後父島ノ西方ヲ通過シ十三日ノ朝駿河灣ニ殺到シ遂ニ沼津付近ヨリ上陸シテ北東ニ轉向シ熊谷前橋間ヲ經テ十四日ノ朝金華山ノ東方洋上ニ出テ十五日根室冲ニ去ル

とあります。台風が上陸し関東地方を通過しているちょうどそのころに「颱風」が書かれたことになります。

長津呂で08時に最低気圧720.4mmHg(≒960.5hPa)を観測したように,上陸時,この台風はおそらく今流にいえば“強い”台風でした。八丈島では05時に最大瞬間風速58.8m/sを観測しています。

東京都心では13日の朝から“暴風雨”が吹き荒れました。14日付の東京日日新聞には「十三日早暁から満都に荒れ廻つた暴風雨は日一杯其兇暴を肆《ほしいまま》にした……」とあります。この暴風により,銀座の柳が枝折れを起こし,各地で板塀,垣根,煙突の倒壊が相次ぎました。

ほかには,六郷橋が増水と上流からの流木によって流失,茅ヶ崎の沖合では22人乗りの漁船が転覆し,12人が行方不明になりました。

また,この台風との関係は不明ですが,富山県の神通川流域を中心に大きな水害が発生し,死者156,不明84,家屋流失250,全壊59,半壊56などの被害が出ています。

ところで,この随筆に「台風(原文おそらく“颱風”=引用者注)と云ふ新語が面白い」と書かれており,このころまだ颱風ということばが新しかったことがわかります。実際,“颱風”が使われはじめたのは明治も終わりの1908年で,広まりはじめたのは大正にはいってからです。詳しいことはそのうち書くかもしれません。

与謝野晶子には「颱風」という題の詩もあり,この年の9月22日付の読売新聞に載っています。これも青空文庫で読めます。

ついでに,与謝野晶子が実は“バーゲンおばさん”だった件については能天気Express~新世界版~  ある火災の都市伝説をご覧ください。

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明日のビックリから――:

AD1985/06/09 札幌競馬場のメインレース「札幌日経賞」のスタート直後につまずいて騎手を振り落としたギャロップダイナが,4コーナーで逃げるリキサンパワーをとらえ,直線で後続を突きはなすという完ペキなレースで“1着”でゴール

カラ馬1着事件としてけっこう話題になりましたが,実は10月27日に起こる大ビックリの序曲に過ぎませんでした。

AD1230/06/09 鎌倉,御所御車宿の東母屋に落雷,1人死亡。また,武蔵国ではみぞれが,美濃国ではが降る (寛喜2)

落雷くらいならただのビックリですみますが,みぞれが降ったとあっては……。

この天変について詳しくは能天気Express~新世界版~  鎌倉の寒い夏(うらやましい(笑))をご覧下さい。

AD0234/08/23 諸葛亮,五丈原で陣没。54歳

土井晩翠に「星落秋風五丈原」と題する詩があります。

祁山悲秋の風更けて
陣雲暗し五丈原
零露の文は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く
鼓角の音も今しづか

丞相病あつかりき
……

ではじまる400行にも及ぶ長い詩ですが,その昔,三国志フリークだったころ,全部暗記していました(爆)

一方で,「昭和維新の歌」という歌があります。以前は右翼が街宣車で流していましたが,最近はほとんど聞かなくなりました。平成になったこともあるでしょうが(ヘイセイイシンじゃプロレスだし(笑)→平成維震軍),歌詞が難しくてチンプンカンプンだからでしょう。平成のゆとり教育の最大の犠牲者は彼らかも知れません(笑)

ググればいくらでもヒットするので歌詞全部を引用することはしませんが,確かに難しい歌詞です。いきなり汨羅とか巫山とか,中国の故事がぽんぽん出てきます。日本ではなくてなぜか中国です。作詞・作曲の三上卓って中国のシンパだったのでしょうか(爆)

実はこの歌,「星落秋風五丈原」からのパクリで成り立っているといっても過言ではありません。3番,7番,9番が顕著ですが,他にもあるかも知れません。

まず3番。パクリ率40パーセント。後半の

治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり

治亂興亡おもほへば
世は一局の棊《き》なりけり

のパクリ。

7番はパクリ率46パーセント。前半の

見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫《おたけ》びて

見よ九天の雲は垂れ
四海の水は皆立(ち)て

のパクリです。

このくらいならまだいいほうで,9番に至ってはパクリ率99パーセントです(笑)

功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらふ

前半が

功名いづれ夢のあと
消えざるものはたゞ誠

のパクリ,後半も

人生意気に感じては
成否をたれかあげつらふ

のパクリです。

よくもまあ恥ずかしげもなくこれだけパクったものです。昔は許されたんですかねえ……。

最近は屋外イベントの開催要項に雨天決行だけでなく,

雨天決行 荒天中止

と書いてあることも多くなりました(昔からあったのかも知れませんが)

ただ,何をもって荒天とするのかは今イチ不明確です。一般的には強い風は荒天に含まれるでしょうが, いったい何m/s以上が荒天になるのかわかりませんし,雷はどうなのか,風も雷もなくものすごい雨だけ降っているのは荒天に含まれるのか, 果たして槍や米軍機やテポドンや中国原産の光化学スモッグが降ってきたら中止になるのかどうか,よくわかりません。まあ, そのあたりは主催者が勝手に決めるのでしょう。

ところで,“雨天決行”なのに“雨”で中止になった有名なイベントに, 1987年6月20日のマドンナの後楽園公演があります(当時は東京ドームではなく, まだ後楽園球場でした)。どうでもいいですけど,マドンナって歌手だったんですね。 つい最近までグロ系のモデルだと思っていました(笑)

そもそも梅雨の最中のこんな時期に屋外公演を企画するのもどうかと思いますが,梅雨の時期ということでとりあえず“雨天決行” の看板を掲げていたのでしょう。

ところが,このときは季節はずれの南岸低気圧のせいで,雨ばかりでなく,風も強まりました。

翌日の毎日新聞の記事より――:

風雨に負けたマドンナ台風
東京公演初日中止
ファン千人騒ぐ


……午後五時の開場時刻に,球場につめかけたファンは約二万人。しかし,強い風雨で楽器の調整が出来ないまま, 風で特設ステージのテントがふくらみ危険な状況になったため,開演二十分前の六時四十分になって中止を決定。 全席売り切れで東京公演はこの日を含めて三日間だけ。静岡や愛知県から来たファンも多く「雨天決行というから来たのに」 と泣きべそをかく女性もいた。

ただ,強風といっても大手町で最大風速9.4m/s,最大瞬間風速16.0m/s程度ですから, かりに花火大会だったとしたら中止はしょうがないとしても,一般的にいってコンサートが中止になるほどの風とは思えません。 はじめからやる気がなかったか,スタッフの準備不足でしょう。

雨天決行だったかどうかわかりませんが,雷で中止になったイベントとしては西武球場での渡辺美里のコンサートが有名ですね。↓

能天気Express(ブログ版) : 雨のバカヤロー!!

最近では,

2000/08/09 千葉マリンスタジアムでのB'zのライブが雷雨のため2曲だか5曲だかを残して打ち切りに 「埋め合わせは必ずするから……」

なんてことがありました。“埋め合わせ”なるものがちゃんと行なわれた……という話は聞きません(笑)

皇極天皇四年六月十二日,飛鳥板葺宮の殿中において,中大兄皇子が突然,蘇我入鹿に「この間の遺恨おぼえたか!!」と斬りつけました。留守居役の中臣鎌足も 「殿中でござる」 と止めにはいるふりをして中大兄に加勢して蘇我入鹿にひと太刀ふた太刀浴びせたものだから, 蘇我入鹿は抵抗することもできずその場で絶命しました。

これが世にいう乙巳のクーデターです。なんかちょっと(かなり?) 違うような気がしますが……(笑)

ちなみに,この日「是日雨下潦水溢庭」と『日本書紀』にあります。時期的に梅雨末期にあたり(ユリウス暦で645年7月10日), 飛鳥付近に集中豪雨でもあったのかもしれません。

3月24日,大手スーパーチェーン・エイコウグループの九州総本部副部長が行方不明になりました。(内田康夫『博多殺人事件』)

3月12日,長崎グラバー園の“動く歩道”で,外国人観光客を案内中の長崎市観光課長が急死しました。(内田康夫『長崎殺人事件』)

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