お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。

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2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)
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AD????/08/29 台風11号による豪雨のため仁多町美女原で山崩れが発生。民宿に宿泊中の2人の女子大生が生き埋めになる。うち1人が死亡

このとき犠牲になったのは浅見祐子さん。浅見光彦の上の妹さんです。

一方,救出された女子大生・正法寺美也子さんは,のちに国鉄芸備線三次駅の跨線橋で不審死することになります。この事件を描いたのが『後鳥羽伝説殺人事件』で,今では浅見光彦シリーズ第1作に数えられる作品ですが,執筆当時はシリーズ化の意図はまったくなかったそうで,浅見光彦も犠牲者の浅見祐子さんの兄として,どちらかというと唐突に登場します。

以前,モデルとなった台風が実在するかどうか,調べてみました。もともと8月下旬は台風の接近・上陸が多い時期なので,候補となりそうな台風はけっこうありますが,11号が接近・上陸したのは1970年だけです。12号とアベックでやってきて,西にそれて行きました。しかし,このときに中国地方で豪雨があったという記録はありません。しかも1981年ごろの8年前という設定からして古すぎます。

女子大生の夏休みの旅行中に遭った災難ということで,日付を8月に移した可能性もあります。モデルがあるとすれば,別の日付をさがさなければならない……などなど毎年今ごろになると思い出したように調べるのですが,いまだに見つかっていません。

ちなみに,『華の下にて』に登場する台風17号も謎の台風です。

そういえば,『贄門島』などを読んでいると,浅見祐子さんは浅見家では忘れられた存在のように感じられます。お盆のときに思い出してももらえない。

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AD1913/08/27 台風が逆曲がりコースを描いて仙台湾付近に上陸。この台風による荒天で,中央アルプスの駒ヶ岳に登山の途中だった中箕輪尋常高等小学校の校長と生徒ら11人が遭難し死亡

新田次郎の小説『聖職の碑』のモデルとなった事故――といったほうが有名かも知れません。もちろん,σ(^^;)は読んでいませんが(笑)

登山にはなんの興味もないのでこの事故について詳しく調べたことはないですが,台風が右回りではなく,左回りのカープを描いて上陸したという点が珍しいところでしょう。

AD0234/08/23 諸葛亮,五丈原で陣没。54歳

土井晩翠に「星落秋風五丈原」と題する詩があります。

祁山悲秋の風更けて
陣雲暗し五丈原
零露の文は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く
鼓角の音も今しづか

丞相病あつかりき
……

ではじまる400行にも及ぶ長い詩ですが,その昔,三国志フリークだったころ,全部暗記していました(爆)

一方で,「昭和維新の歌」という歌があります。以前は右翼が街宣車で流していましたが,最近はほとんど聞かなくなりました。平成になったこともあるでしょうが(ヘイセイイシンじゃプロレスだし(笑)→平成維震軍),歌詞が難しくてチンプンカンプンだからでしょう。平成のゆとり教育の最大の犠牲者は彼らかも知れません(笑)

ググればいくらでもヒットするので歌詞全部を引用することはしませんが,確かに難しい歌詞です。いきなり汨羅とか巫山とか,中国の故事がぽんぽん出てきます。日本ではなくてなぜか中国です。作詞・作曲の三上卓って中国のシンパだったのでしょうか(爆)

実はこの歌,「星落秋風五丈原」からのパクリで成り立っているといっても過言ではありません。3番,7番,9番が顕著ですが,他にもあるかも知れません。

まず3番。パクリ率40パーセント。後半の

治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり

治亂興亡おもほへば
世は一局の棊《き》なりけり

のパクリ。

7番はパクリ率46パーセント。前半の

見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫《おたけ》びて

見よ九天の雲は垂れ
四海の水は皆立(ち)て

のパクリです。

このくらいならまだいいほうで,9番に至ってはパクリ率99パーセントです(笑)

功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらふ

前半が

功名いづれ夢のあと
消えざるものはたゞ誠

のパクリ,後半も

人生意気に感じては
成否をたれかあげつらふ

のパクリです。

よくもまあ恥ずかしげもなくこれだけパクったものです。昔は許されたんですかねえ……。

1960年8月23日09時,日本列島は台風に包囲され,「夜聞く,漢軍四面に皆楚歌す」(史記項羽本紀)という状態でした。(天気図参照)

1960082309

さらに,23日15時にはマーカス島の南東海上で台風18号も発生し,14号から18号まで5つの台風が存在するという前代未聞の事態になりました。

饒村曜『台風物語』によると,当時台風観測を行なっていた米軍の飛行機観測隊もお手上げ,

Physically impossible due to Personnel shortage.

という通知を関係各局に出したそうです。

折しもローマ五輪開幕の直前,1964年東京五輪開催も決まっており,オリンピック気分も盛り上がりつつあるときで,5つの台風を五輪に例える新聞記事もありました。

マリアナ東方海上にあった熱帯低気圧がとうとう二十三日台風十八号になった。日本は十四号から十八号まで台風オリンピックさながら五つの台風の輪にがっちりと囲まれたかたちで,こんな現象は二十五年八月以来のこと。(8月24日付読売朝刊)

この台風は今では「五輪台風」とよばれ,マスコミが名づけたことになっていますが,毎日,朝日,読売,なぜか赤旗(気象関係の記事がよく載っていました)などの新聞を見ても“五輪”や“オリンピック”が出てくるのは上の読売の記事だけで,名づけ親についてはわかりません。

24日09時には大陸に上陸した台風15号が温帯低気圧に変わったため,台風五輪は本物の五輪の開幕を待たずに早くも閉会式を迎えました。

CNNの次のニュースを翻訳サイトにかけてみたら……。

Hurricane Dean battered the southern coast of Jamaica with heavy rains and surf as its eye passed offshore late Sunday, apparently sparing the Caribbean island the worst of its 145 mph winds.

結果はこうなりました。

ハリケーン学部長は大雨を伴うジャマイカの南海岸を強打しました、そして、目としてのサーフは日曜日遅く沖合に終わりました、明らかに145mphの風の最悪をカリブ海の島に割いて。

なかなか含蓄のある翻訳をしてくれるものです(笑)

“ハリケーン学部長”は聞いたことがありませんが,「少年ジエット」に出てきたハリケーン博士なら知っています。12歳くらいの女の子ばかりを誘拐し……といってもロリコンオヤジというわけではなく,インマエール王国の王女さまをさがすためで,誘拐した少女たちが王女さまではないとわかると,詫び状とともに家に送り返すという律義なところもありました。ちなみに,インマエール王国の王女さま役は,のちに北極探検などで有名になる和泉雅子さんがやっていました。

そのハリケーン博士の伝家の宝刀は,「ハーリーケーーン!!」と叫びながら呼び起こす風速60m/sの風。どんな相手でも吹き倒されます。ただ,実際に60m/sの風が吹くとしてもかなり狭い範囲に限られるようで,まわりにはほとんど被害がありません。

規模からいえばハリケーン博士よりもトルネード博士のほうがふさわしく,今だったらそう名づけられるかもしれませんが,日本でトルネードということばが市民権を得たのはおそらく野茂英雄がMLBで活躍しはじめたころからで,放送当時はトルネードということばはほとんど知られていなかったと思います。

蛇足ながら,「少年ジエット」が放送されていたのは私が生まれるはるか昔です。念のためにつけ加えておきます(笑)

ハリケーンつながりで,ハリケーンパーティーについては↓をどうぞ。

http://blog.notenki.net/2007/07/post_f8ab.html

今宵はきれいな七日月夜。

というわけで,今日は旧暦の七月七日,実は本当の七夕です。

七夕は7月7日といっても本来は旧暦の七月七日の行事です。それをそのまま今の暦に当てはめるのには無理があります。

1月遅らせたほうが旧暦に近いということもあり,七夕やお盆は月遅れで行なわれたりもするわけですが,実は月遅れにも欠陥があります。本来,七夕は半月(またはそれに近い月),お盆は満月(またはそれに近い月)であるはずなのに,月遅れにしてもこれは解消されません。

そこで考え出されたのが次のような七夕の定義です。

二十四節気の処暑よりも前で,処暑に最も近い朔(=新月)の時刻を含む日(日本時間)を基準にして,その日から数えて7日目を七夕とする

国立天文台ではこれを「伝統的七夕」といっています。

旧暦を使えばもっと簡単じゃないか……と思う人がいるかもしれませんが,旧暦(=太陰太陽暦)といっても実はひとつではなく,複数の太陰太陽暦が存在するので,ある意味で混乱のもとになります。

ちなみに,今日はその伝統的七夕でもあります。伝統的七夕はなるべく旧暦の七夕に一致するように決めてあるので当然といえば当然ですが。

それにしても,今ごろ七夕といわれてもねえ……。

猛暑の予想が外れたはずの今年の夏,8月にはいるやいきなり猛暑となり,ついに今日,山形が74年間守り続けてきた40.8℃が破られるという事態になりました。

岐阜地方気象台,熊谷地方気象台から“号外”が出ています。↓

http://www.tokyo-jma.go.jp/home/gifu/
http://www.tokyo-jma.go.jp/home/kumagaya/

しかし,40.9℃というのはあくまで気象官署(アメダス含む)の最高気温の記録であって,気象官署以外の値を含めると,1923年8月6日に徳島県の撫養で観測された42.5℃が最高ということになっています。40.9℃なんてまだまだアマいです(笑)

さらに非公式記録まで範囲を広げると,1923年9月2日に東京で記録した46.3℃がσ(^^;)の知る限り国内の最高気温です。もっとも,非公式記録はあくまで非公式なものなので,上には上があるかも知れません。

AD1953/08/14 この日の夜から15日朝にかけて,東近畿で集中豪雨。湯殿村@京都で428mmを観測。井手町@京都の大正池の堤防が決壊し,680戸が流出。また稲尾村@滋賀では山崩れで41人が死亡。被害は京都・奈良・滋賀・三重・愛知で290人死亡,139人不明,994人負傷,破損住家1777,浸水家屋21517など

局地的な豪雨のことを「集中豪雨」ともよびます。最近はあまり使われなくなっているような気がしますが。このことばがはじめて使われたのは,上の災害を報じる1953年8月15日付朝日新聞大阪本社夕刊の次の記事ということになっています。

十四日夜中から十五日未明にかけて裏日本から南下した寒冷前線は激しい雷と豪雨を伴って京都,滋賀,奈良府県境付近にあたる木津川上流に集中豪雨を降らせ,同地方各地に死傷者,浸水,流失家屋など多大な被害を引き起こし,三重県下でも同様の被害が起っている。

ところが,この新聞の現物を見てみると(実際にはマイクロフィルムですが),この記事の前にでっかく!?

集中豪雨 木津川上流に

という見出しがあるのです。

「集中豪雨」の用例の最初としてこの記事に触れている本などはかなりありますが,この見出しに触れているものは私の知る限りでは平塚和夫『日常の気象事典』(ただし,私の持っている版では“木津川”が“十津川”と誤植されている。西村京太郎のトラベルミステリーじゃあるまいし(笑))と『NHK 気象ハンドブック』だけです。平塚和夫氏やこの記事を最初に見つけた宮澤清治氏はちゃんと原典にあたって調べたのでしょうけれど,他の著者たちは原典を見ていないのでしょう。

ちなみに,『天気図と気象の本』の旧版(1978年)には,元祖集中豪雨は1958年7月1日付の朝日新聞夕刊の次の記事だと書いてありました。

島根県浜田地方に30日夕方6時から1日午前7時までに 200mm の豪雨があり,とくに夜中の3時から朝7時までに 160mm という集中豪雨が降った。

あることばが最初に使われたのはいつかを調べるのは難しいです。まあ,春一番なんていまだにウソが立派に通用していますし。

さて,このようにして使われはじめた「集中豪雨」にはハッキリとした定義があるわけではありません。一般にはどのような意味で使われているのか,お気に入りの3冊の国語辞典で調べてみました。

○広辞苑……局地性の豪雨。積乱雲が狭い地域で次々と発生・発達を繰り返すと起る。梅雨前線・秋雨(あきさめ)前線・台風などが近づいたり通過したりすると起りやすい。

○大辞林……比較的狭い地域に短時間に降る豪雨。

○新明解国語辞典……短い時間続けて比較的狭い地域に強く降る雨。多く,つゆ時から秋の台風期にかけて降る。〔正式の気象学用語ではない〕

名前どおり『新明解国語辞典』がもっとも明解です。私の感覚にも近いです。

『広辞苑』と『大辞林』は「豪雨」が何であるかがわからないとわからない書きかたになっているので,それぞれで「豪雨」を調べると,次のようになっています。比較の意味で『新明解国語辞典』も載せました。

○広辞苑……一時に多量に降る雨。大雨。

○大辞林……激しく多量に降る雨。大雨。

○新明解……短時間のうちに多量に降る雨。

さらに,「大雨」を調べると,

○広辞苑……ひどく大量に降る雨。

○大辞林……ある時間はげしく,多量に降る雨。

○新明解……激しく降る雨。

調べれば調べるほどわからなくなっていく国語辞典の特徴があらわれてきました(笑) 続けて「小雨」などをひくと,ますますわからなくなります。まあ,これが辞書ひきの楽しさでもあるんですけどね。

8月11日,夕方のサロマ湖で,若いカップルが若い女性の死体を発見しました。(西村京太郎『オホーツク殺人ルート』)

北日本と東日本の高温に関する全般気象情報 第1号
平成19年8月10日17時00分 気象庁発表
 
(見出し)
 北日本及び東日本では、気温が平年より高い日が続いています。ここ数日
も気温が平年よりかなり高くなり、最高気温が35度以上の猛暑日となると
ころがあるでしょう。
 
(本文)
 太平洋高気圧が、日本付近を覆い、北日本及び東日本では気温が平年より
高い日が続いています。ここ数日も日本付近が太平洋高気圧に覆われて晴れ
の日が続くため、気温が平年よりかなり高くなり、日最高気温が35度以上
の猛暑日となるところがあるでしょう。
 農作物の管理や熱中症などの健康管理に十分注意してください。

誰か責任とってくれ。

8月9日,国鉄芸備線三次駅の跨線橋で女性が不審死しました。(内田康夫『後鳥羽伝説殺人事件』)

8月8日,佐渡島の通称「大ザレ川」の河原で中年男性の変死体が発見されました。(内田康夫『佐渡伝説殺人事件』)  

今年は水による事故が多いような気がしますが,例年,7月下旬から8月上旬にかけては落雷による人身事故が多い時期です。夏休みにはいってちょうどお出かけごろ……ということもあるでしょうが,お天気サイドから見ると,この時期は太平洋高気圧の勢力が一時的に弱まり,上空に寒気がはいって大気が不安定になりやすい,ということができます。ただしこれはあくまでスローガン的なもので,もちろん年によって違います。

この時期の落雷死亡事故をざっと見てみましょう。すべてを網羅しているわけではありません。そんな根気はないし,興味も関心もありません。

1955/08/03 長野県伊那富士見台でキャンプ中の中学生4人
1967/08/01 西穂高岳の登山パーティーの11人
1971/08/08 朝日連峰で高校生を引率中の教師1人
1973/08/05 長野県の校庭や水田などで3人
1973/08/06 日光のゴルフ場で2人
1974/08/02 大阪のゴルフ場で3人
1975/08/06 三重県のゴルフ場で2人
1987/08/05 高知でサーファー6人
1991/07/27 宮城県のゴルフ場で1人
1998/08/12 愛知県のゴルフ場で1人
2001/08/04 岡山県のゴルフ場で1人

これを見ると,昔は登山中の事故が多かったのに対し,最近はスポーツ中(とくにゴルフ)の事故が多いように見えますが,一般的な傾向なのかどうかはわかりません。

一般に,落雷事故は人災的な面が大きい場合が多いです。その中でも起こるべくして起こったとしかいいようのないのが,1987年8月5日に高知の生見海岸で起こったサーファーの死亡事故です。

この日,日本海に前線を伴った低気圧があり,前線がゆっくりと南下,その前線に向かって暖かい湿った空気が流れ込んでいました。一方,上空には寒気がはいってきており,上層に寒気,下層に暖湿気流という,大気の不安定の典型的な(というより入門的な)パターンになっていました。このため高知地方気象台は,01時20分に雷雨注意報(今の雷注意報に相当)を発表していました。

ちなみに,内陸部の雷は午後から夜にかけて発生することが多いですが,海岸部では夜間から早朝にかけて発生することがよくあります。これは内陸部の冷えた空気が陸風によって海面上の比較的暖かい空気の下にもぐりこんで持ち上げるから,と考えられています。

さて,5日早朝,生見海岸では激しい雨にもかかわらず,約50~60人がサーフィンをしていました。しかし,雷鳴が聞こえたため20人は岸に上がり,残りは2つのグループに分かれてなおもサーフィンを続けていました。06時45分ごろ,このうちのひとつのグループに落雷,20人ほどが気を失って海に浮かびました。付近の民宿の人や無事だったサーファーらが救助しましたが,6人が死亡,2人が重体,5人が重軽傷を負いました。このとき雷の直撃を受けたのは1人で,あとは海水を伝わる電流に感電したようです。事故の直後,現場の海は不気味に赤茶けて泡立っていました。(以上,高知新聞による)

頭の上で雷が鳴っているのにサーフィンを続けるなどという行為が自殺(未遂)行為以外の何ものでもないことは,少なくともこのときサーフィンを続けていた連中以外には稲光を見るより明らかでしょう。

ところが,なんだかよくわかりませんが,「海には雷は落ちない」という伝説があったそうです。実際,それまではサーフィン中の重大な落雷事故はなかったようです。しかし,裏を返せば雷が落ちるような危険な状況でサーフィンをするようなDQNはそれまではほとんどいなかったといったところなのでしょう。かりに海に雷が落ちなくても,人や船には落ちます。

一般論でいえば,事故がないからといって安全だとは必ずしもいえません。安全でないからといって事故が起こるとは限らないからです。

産業災害では,「ハインリッヒの法則」とよばれる有名な経験則があります。

1件の重大災害の陰には29件のかすり傷程度の軽い災害があり,さらにその陰には300件のケガはないもののヒヤッとした体験がある。

そのままあてはまるかどうかは別として,こういった無謀事故を考えるときの参考にはなるでしょう。

ちなみに,この朝,生見海岸に近い東洋町の甲浦漁協では,大雨と激しい雷雨のために出漁を取りやめたそうです。「午前四時ごろから生見の沖台方面に出漁するのだが,今年一番の激しい雷雨が休漁させた」(高知新聞)

シツコイようですが,こんな中でサーフィンを続けるなんてのは狂気の沙汰です。こんなDQNが引き起こした事故の処理に税金が使われるのは納得できません。かかった費用は本人か遺族に請求すべきです。

8月5日,高千穂町議会議員が高千穂線の列車にはねられました。(内田康夫『高千穂伝説殺人事件』)

その後,高千穂線は三セクの高千穂鉄道になりましたが,一昨年の台風14号による増水で橋梁が2つ流され,復旧の見通しが立たず,廃止が決まりました。「神話高千穂トロッコ鉄道」という名前で部分再開を目指しているという話もあります。

平成19年 台風第5号に関する情報 第117号 (位置)
平成19年8月4日21時45分 気象庁予報部発表
 
(見出し)
 台風第5号は温帯低気圧に変わりました。
 
(本文)
 台風第5号は4日21時に温帯低気圧に変わりました。
中心は日本の東の
北緯42度、東経145度にあって、
1時間におよそ55キロの速さで東北東へ進んでいます。
中心の気圧は1000ヘクトパスカルとなっています。
今後24時間以内に最大風速は20メートルに達する見込みです。
 
これをもって台風第5号に関する情報は終了します。
なお、台風から変わった低気圧の周辺では引続き強い風が吹いています。
今後は海上警報等を利用して警戒して下さい。

ウサギさん,3回目の上陸です。

平成19年 台風第5号に関する情報 第107号
平成19年8月4日13時45分 気象庁予報部発表
(見出し)
台風第5号の中心は、4日13時頃に、青森県津軽半島に上陸しました。
(本文)
本文なし

民放では,レポーターがよせばいいのに風雨の中にのこのこ出ていって「ものすごい風です」とかレポートする台風中継をいまだに放送しているようですね。アホくさ。

いうまでもなく,あれは一種のヤラセです。100歩譲っても,かつて一世を風靡した「川口探検隊」(今は藤岡探検隊)のようなショーです。いずれにしてもニュースの時間に放送すべきものではありません。

マヌケレポーターのちょっとした不注意で発覚したヤラセ中継については2005年にちょっと話題になったのですが,最近その動画が出回っています。↓

YouTube - 阿部レポーターの台風中継(台風中継後スタスタ歩く)

最後の1~2秒によってそれまでの苦労が水の泡,中継そのものがヤラセだったことがバレてしまいました。

ちなみに,ギョーカイではヤラセではなくヤリというらしいです。

ググってみるとこの動画をこの前の台風4号のときの放送だとカン違いしている人がいるようですが,2005年の14号のときのものです。動画にちゃんと14号と書いてあるのにどうして間違えるんだ?

人間が風の中で立っていることのできる限界は20m/s程度といわれていますが(体験済み(笑)),これはあくまで一様な空気の流れの中での話であって,実際の風にはいわゆる風の息があるために前後左右にゆさぶられることになります。これではバランスをとるのが精一杯で,とてもレポートなどできません。まあ,それでもレポーターはせいぜいマイクしか持っていないので楽でしょうが,真っ先に洞窟にはいらなければならないカメラマンや照明さんはどうなんでしょうねえ……。

結局,何か物体が飛んできたりする危険なども考えると,限界は10m/sってところではないでしょうか。いずれにしても“台風中継”ができるということはレポートできる程度の風しか吹いていないということであり,裏を返せば風は吹いているけれどもさほどでもないということを身をもって知らせているわけです。コワいヘビがしっぽから襲ってきたり,ヘビの攻撃を避けると動かないサソリが襲ってきたりするようなものでしょう。

1965年9月18日未明,台風24号の取材のために東京・江東区方面に出動していたラジオ関東(現・ラジオ日本)の取材車が,記者やアナウンサーら6人を乗せたまま晴海埠頭から海に転落,全員死亡するという事故が起こりました。光る海面を舗装道路と見間違えたのだろうといわれていますが,全員が死亡したため真相はわかりません。ヤラセではない本当の台風中継がいかに危険なものかがわかります。

津波予報
平成19年 8月 2日13時37分 気象庁地震火山部
 
津波予報をお知らせします
 
************** 見出し ***************
津波注意報を発表しました
 北海道日本海沿岸北部
************ 津波予報の本文 *************
津波注意報を発表した沿岸は次のとおりです
<津波注意>
 北海道日本海沿岸北部
 
************ 津波予報の解説 *************
<津波注意>
高いところで0.5m程度の津波が予想されますので、注意してください
梅雨の時期に関する関東甲信地方気象情報 第2号
平成19年8月1日10時30分 気象庁発表
(見出し)
 関東甲信地方は梅雨明けしたとみられます。
(本文)
 太平洋高気圧が強まり、関東甲信地方は、現在晴れているところが多くな
っています。
 向こう1週間は、湿った気流の影響で雲が広がる日があり、にわか雨の降
るところもありますが、太平洋高気圧に覆われて、おおむね晴れる見込みで
す。
 このため、関東甲信地方は8月1日ごろ梅雨明けしたとみられます。

↑だそうです。残念……(何が?(笑))。

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