お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。
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2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)
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1917年9月25日にフィリピンの東方海上に発生した“颱風”が,30日の夜半ごろ駿河湾に到来し,沼津付近より上陸しました。

東京では10月1日03時30分,714.6mmHg(約953hPa)を観測,「東京に於て気圧の斯の如き低度に降りしこと中央気象台創立以来未だ嘗て之れあらず」(『気象要覧』より)。1日03時30分銚子で風速51.8m/s,同じく03時東京で39.6m/sを観測しました。

東京湾では,台風の中心気圧が低かったことに加え,台風が西側を通ったために南よりの強風が吹き荒れ,さらに大潮(9月30日は中秋の名月だった)に満潮が重なるという最悪の状況となり,記録的な高潮が発生しました。「沿岸一帯もっとも害を被り家屋流出し人畜の死せるもの累々として其惨状見るに忍びざるものあり」(同)。

このときの最高潮位は東京湾平均海面(T.P.)上3.1mと推定されています。

当時の新聞から見出しをいくつか拾うと(東京朝日)

10月1日付

大暴風雨襲來
市内の被害甚大
東亰の始まつて以來曾てなき猛威を揮ふ

※颱風=台風ということばは使われていません。

列車悉く立ち徃生
發着列車の所在不明
東亰上野兩驛の混雜

穩原小學校破壞

全市暗黒
電綫切斷して危險限りなし

品川に海嘯起る
海岸の家屋數夛浚はれ死傷者も亦夥しき模樣

月島全く孤立
慘憺たる築地河岸
暴風雨中火亊起こる

洲埼方面の慘状
海と化せる木塲方面
泥舩數十隻吹上げらる

号外も出ています。

深川は水地獄
折柄の滿潮に河川は氾濫
家皆床上に浸水す
避難民叫喚修羅塲の如し

88年前とはいえ,いまの東京からは考えられない惨状です。ただ,伊勢湾台風なみの高潮が起こればいまでもどうなるかはわかりません。とくに最近は防災というと地震対策に偏る傾向が強いので,高潮は半分忘れられているかも。そういえば,明日から緊急地震速報の一般提供がはじまります。

4日になってもまだ惨状が次々と伝えられていますが,

食料品大暴騰
突拍子な白米相塲
魚類は殆ど皆無
青物は四五倍の値上

というように悪徳商人も目立ちはじめました。こういうヤカラはいつの時代,どこの世界にも現われれるようで,一昨年のハリケーンKatrinaの被害のあと,米国副大統領の息のかかった悪徳企業グループが災害をタネに荒稼ぎをしようとしていたそうです。

この台風によるおもな被害は,死者・不明1304人,負傷2022人,全壊家屋36459棟,半壊家屋21274棟,流失家屋2442棟となっています。

なお,この高潮により,江戸時代以来続いていた行徳の塩田が大打撃を受け,姿を消しました。浦安ディズニーランドが開園したころまであった谷津遊園は,その塩田の跡地につくられたのだそうです。

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1955年9月29日22時ごろ,台風22号が薩摩半島に上陸しました。九州を縦断して日本海に抜け,北海道に再上陸する前後に温帯低気圧に変わりました。

この台風は,どちらかというと日本海を通過中の10月1日に発生した新潟大火で知られていますが,上陸時の中心気圧が940mbと勢力が非常に強かったため,九州から中国・四国地方にかけて暴風と高潮による被害も大きく,それに加えて竜巻が発生したこともあり,死者・不明68人,重軽傷314人など,あまり知られていない台風にしては大きな被害が出ています。

当時,柳井市南浜(ただし現在の地名。当時の地名は知らん(^^;))にあった柳井オートは,高潮による浸水を受け,さらに堤防の決壊も加わり,敷地全体が水没した上にスタンドなどの建物も全半壊しました。

翌年1月にはなんとか開催にこぎつけましたが,折からの経営不振もあり,1957年に山陽オートに移転という形で,事実上廃止されました。

競馬に限らず,競輪にしても競艇にしてもオートにしても,一定水準以上のコースを維持しなければならない上に広大な敷地を抱えているわけで,しかもすぐそばに川や海があったりすることも多く,台風などの自然災害には弱いといえるでしょう。

最近では,レース場の数も減ったせいか,台風による大きな被害は聞きませんが,2004年,台風16号による高潮で高松競輪場のバンクの内側が水没しました。しかし,10月の共同通信社杯競輪(G2)は予定どおり行なわれました。ちなみに,高松競輪と観音寺競輪で2005年1月に「台風災害復興支援競輪」を開催したことは,いつかの日記で書いたような気がします(誰も読んでないでしょうけれど(笑))。

また,2002年には台風6号によって次のようなこともありました。

競争《ママ》馬のひざ付近まで水位

 足利市五十部町の渡良瀬川河川敷にある足利競馬場では、11日午前2時過ぎから放水路の水位が上昇、競馬場東側の厩(きゅう)舎兼住宅11棟が床上浸水した。午前4時ごろには2家族が孤立、市消防がボートで救出した。けが人はなかった。
 厩舎では馬400頭が飼育され、一時は水が馬のひざ付近まで上がってきたという。馬はぬれたエサを食べないため、厩務員は乾いた地面を探して、ぬれた干し草を干し直したり、厩舎にたまった水をくみ出すなどの復旧作業に追われた。
 ある厩務員は「馬が無事だから良かったが、脚に傷があるまま水につかると、そこから菌が入るのではないかと心配だ。しばらく気を抜けない」と疲れた表情で話した。[2002年7月12日19時3分更新]毎日新聞

いまはなき,足利競馬場……。

今日はセンセの作品で起こった事件がσ(^^;)調べで3件もあります。偶然なのでしょうか。

起こった順に見ていきましょう。

まず,『讃岐路殺人事件』から。“事件”といえるかどうかわかりませんが。

AD1988/09/28 深夜,瀬戸大橋の橋の上に不審な車が放置されているのが発見される。瀬戸大橋自殺者第1号と思われたが……(内田康夫『讃岐路殺人事件』)

次に,『箱庭』から。昨日の日記でも取り上げました。

AD1991/09/28 台風19号で大損害を受けた厳島神社の大鳥居付近に,男の変死体が流れ着く(内田康夫『箱庭』)

3件目は『皇女の霊柩』から。

AD1995/09/28 群馬県松井田町恩賀の県道92号「松井田軽井沢線」脇の山林で,男性と見られる腐乱死体が発見される(内田康夫『皇女の霊柩』)

1991年9月27日16時過ぎ,台風19号Mireilleが中心気圧935mb,中心付近の最大風速50m/sという“非常に強い”勢力で長崎県佐世保市の南に上陸しました。その後,加速しながら日本海を北東に進み,28日08時ごろ965mbで北海道渡島半島に再上陸,28日15時に千島近海で温帯低気圧に変わりました。

台風が非常に強い勢力で上陸し,勢力をほぼ維持したまま日本海を速い速度で北東に進んだため,沖縄から北海道まで全国で暴風が吹き荒れました。くわしくは気象庁のサイトなどを参考にしてください。

◆リンゴ台風

この台風は通称「リンゴ台風」とよばれます。それは,青森県で収穫前のリンゴの70%以上が落下するという被害があったからです。ただし,農作物に限っても被害はリンゴだけではなかったのにもかかわらずリンゴ台風とよばれる理由は,σ(^^;)にはわかりません。σ(^^;)的にはもっともしっくりくる通称ではあります。

台風の暴風にもめげずに落下しなかったリンゴの一部は,「落ちないリンゴ」として受験生のお守りに珍重されていました。

当時受験屋だったし,近くの神社でも発売されていたので,よくおぼえています。値段はたしか悪税込みで1000円程度と聞いたような記憶があります。あくまでお守りなのでリンゴとしては高めでした。ご利益があったかどうかは……個人情報保護法により(?),公にはできません(笑)

◆箱庭

広島県の宮島にある厳島神社は,このリンゴ台風によって当時の新聞の見出しによると「創建以来の天災」に見舞われました。中国新聞9月28日付夕刊には次のようにあります。

同神社では二十七日午後七時半ごろ,突風のため能舞台と能楽屋の柱が折れ倒壊。屋根がそっくり砂浜に座る形になった。・・(中略)・・また,回廊中央部にある平安時代に建てられた左右門客神社,国宝の左右楽房のうち西側楽房が流失,東側楽房も大きく傾いた。回廊もあちこちで床板がめくれ上がり,通り抜けができなくなったほか,本社祓(はらい)殿などの屋根の軒先が壊れた。

神社職員らの話では,午後七時過ぎから,回廊に海水が上がり始め,ピークの午後十時半ごろには水位が回廊の上八十三センチに達し,手の施しようがなかったという。

そして台風一過の翌日,次のような事件が起こります。

AD1991/09/28 台風19号で大損害を受けた厳島神社の大鳥居付近に,男の変死体が流れ着く(内田康夫『箱庭』)

ときどき,やれ大地震が来るとか(“地震が来る”って表現,きわめて違和感があるのですが),巨大台風がやってくるとかあおり立てる週刊誌の中吊り広告が目につきます。まあ,週刊誌の科学記事なんて芸能記事と同程度のレベルですけどね。

週刊誌のヨタ記事に比べると,北海道新聞には予知能力があるかのように見えます。

まず,1954年9月26日付の北海道新聞の記事――:

青函海底トンネル 基礎的地質調査終る 掘削可能の結論

この日,まさか津軽海峡でのちに洞爺丸台風と名づけられる台風15号マリーによって世界海難史上2番目といわれる大海難事故が起こるとは……。

ついで2003年9月26日付の北海道新聞「卓上四季」――:

……自然の猛威の前に人間が非力であることを自覚しつつ,気象監視と災害の備えを万全に。洞爺丸台風が語る教訓は今なお新しい。

この日,まさか平成15年(2003年)十勝沖地震が起こるとは……。

ちなみに,この日の朝,6時30分からの「ラジオ体操」が中止になりました。おそらく津波警報が出ていたからでしょう。「ラジオ体操」の中止はσ(^^;)の知る限りこれだけです。もっとも,毎朝聞いているわけではないし,全国で中止になったのかどうかまでは知りません。

そして2004年9月26日付の同じく北海道新聞「卓上四季」――:

九月二十六日は過去に三度の大災害が起きている。一九五四年の洞爺丸台風,五八年の狩野川台風,五九年の伊勢湾台風である。いつしかこの日は「大型台風の厄日」といわれるようになったそうだ……

幸か不幸か,とくに大きな災害は起こらなかったようです。

“予知能力”のタネは……かんたんです(笑)

NHKの朝ドラ「ふたりっ子」で,ベテラン漁師森山享がシケに遭って帰らぬ人となったのは1976年9月25日ということになっています。31年前の今日です。ちなみに,森山享は森山史郎の父親です。

なにしろ「相手の指し手を読むより,海の機嫌を読むほうがずうっと易しい」が口グセだったベテラン漁師が遭難したのですから,台風の接近とかでよほどの大シケだった……と思いきや(もっとも,そんなときは出漁を見合わせるでしょうけれど),当日の天気図を見るとどうもシケるような感じはまったくないのですが……(笑)

森山享の遭難はその息子の史郎が佐伯銀蔵に「おととい,漁に出る前に,ぼくにこれを渡して,もし自分が帰らなかったら,あさって香住の水月館で待っている佐伯銀蔵に渡してくれって」と伝えに来て,将棋の駒を渡そうとするところでわかるのですが,シケで遭難したとすれば,当然のことながらシケがおさまるまで救助活動はできません。それを考えると,一昨日漁に出て,シケで遭難して,今日死亡が確認されているというのはあまりにも段取りがよすぎます。

もしかするとこの遭難は,享は末期ガンか何かで,史郎に保険金を残すために仕組んだ事故に見せかけた自殺だった――のかもしれません(笑)

ちなみに,サスペンスドラマなどをお天気的に分析(こじつけ?)するような悪い趣味がはじまったのは(さらにはよせばいいのにロケ地めぐりをはじめるようになったのは),この森山享の遭難の原因に疑問をもったことがきっかけです(笑) もう10年もやってるのか……(^^;) いちばんボロクソにこき下ろしたのは「まんてん」でした。あれは最悪でした。↓

今日のまんてん
http://www.notenki.net/notenkiworld/manten/kyono.html

今年は台風13号まで発生しましたから,次の台風は14号ということになります。

歴代の台風14号を見てみると,迷走気味の台風が目を引きます。平均的には夏場に発生することが多いということもあるのでしょう。

目についた台風を年代順に見ていきましょう。

まず1954年。9月18日の夜に伊豆半島を通過したあと19日の00時ごろ房総半島に上陸しました。洞爺丸台風(15号)の露払い的な台風でしたが,単純に最盛期の強さを比べると,14号のほうが強い台風でした。

気象庁は上陸間近な17日15時の中心位置を,いったん発表したあと距離にして100kmも訂正しました。このため,予測上陸地点も大きく変更され,各地の防災担当者をあわてさせました。

1960年の14号は,ローマ五輪の開幕を祝って(?)あらわれた「五輪台風」のトップバッターでした。しかもいったんは日本の東海上に去っていったのに,なごり惜しそうにループを描いて戻ってきました。忘れ物でもしたのでしょうか。

1962年の14号は8月26日朝,潮岬付近に上陸,三重県から福井県に抜けました。
この日の午後,毎度のことながら多摩川でのんきに釣りをしていたマヌケな連中がいました。ところが急な増水で中州に取り残され,救助隊も立ち往生。折からの17~18m/sの強風で,警視庁や自衛隊のヘリも離陸できない状態。
こうした中,果敢に救助に向かったのは立川基地所属の米軍36空軍救助中隊の大型ヘリ。のちに警視総監から感謝状が贈られました。米軍もごくまれにいいことをすることがあるものです。

1964年の14号は16号とつるんで奇妙な動き。「藤原効果」を一躍有名にしました。そのあと16号を吸収する形で再発達し,枕崎付近に上陸,九州を縦断しました。

1974年の14号は,いったん上海の南に上陸して“弱い熱帯低気圧”になった直後にUターンして沖縄付近で台風に復活,進路を北東に変えて8月26日10時ごろ浜名湖付近に上陸しました。その後,東日本を縦断して温帯低気圧に変わりました。

ちょうどこのころ,役立たずの原子力船「むつ」がよせばいいのに母港を出港しようとしていました。250隻もの漁船に包囲され離岸できない状態でしたが,台風14号によるうねりで一部の漁船が避難した隙をつき,強行出航していきました。原子力船の未来を象徴するような,見送る人もほとんどいない,わびしい出港でした。

出港してはみたものの,6メートルの波により20~25度の横ゆれ。実験班5人ばかりか女性船員3人も船酔いを起こしました。船員が船酔いしますかねえ……?

ちなみに,むつは出航して間もなくの9月1日に中性子漏れを起こすことになります。

1985年と1986年の14号も,“弱い熱帯低気圧”になったあと復活を遂げました。

このうち,1985年の14号は8月30日23時ごろ三浦半島に上陸しました。1985年8月といえば日航123便墜落事故。このころ御巣鷹の尾根(正確には高天原山の尾根)では遺体捜索と機体の検証作業が続いていました。

台風14号による風雨に備え,検証・捜索活動にあたる警察官や自衛隊員が全員下山していた群馬県・上野村の日航ジャンボ機墜落事故現場は,三十一日朝から「台風一過」の快晴となり,遺体の捜索と機体などの検証活動が再開された。
 現場周辺は,三十日午後から風雨が強まり,前橋地方気象台の調べでは,上野村に近い多野郡万場町で,三十日午後三時の降り始めから三十一日午前五時までの総雨量は六一ミリだった。
 このため,現場周辺の土砂崩れや,証拠品の機体の流失が心配されたが,前日,ロープで残がいを固定したり,木材で残がいの底上げをして流失防止の作業をしており,土砂崩れや大きな落石もなく,台風による実害はまったくなかった。…… (31日付朝日夕刊)

ちなみに翌31日,台風13号が枕崎付近に上陸したあと九州を縦断,死者・不明12人の被害を出しました。

時代は下って2005年。ブッシュの忠犬ポチがバカのひとつおぼえの郵政民営化を狂行しようとして抵抗に合い衆議院を解散。総選挙の最中に14号がやってきました。

“候補者の顔”消える? 大型で非常に強い台風14号の本県接近に伴い、高知市選挙管理委員会(山岡敏明委員長)など各市町村選管は5日午前、衆院選(11日投票)のポスター掲示板の一時撤去や補強などの応急措置を取り始めた。選挙期間中の掲示板の取り外しは異例。

ポスター掲示場は、公示前に県内5858カ所に各市町村選管が設置。くぎや針金で地面などに固定した木製の支柱に掲示板を取り付けているが、台風14号の接近に備えて県選管は4日、各市町村選管に風雨に備える対策を指示した。

県内最多の601カ所に掲示場を設置している高知市選管は5日朝、九州を縦断する台風14号の進路予想を基に本県上陸という最悪の事態も想定し、取り外しを即決。すべての掲示場を点検して吹き飛ぶ危険のあるものを撤去するよう、掲示板設置業者に依頼した。

業者は午前9時から8班体制で市内に散らばり、支柱を残した状態で掲示板を撤去。業者によると、背面に壁がなく風が吹き抜ける場所にある掲示板はすべて取り外すため、「設置した掲示板の7―8割は撤去することになる」。作業が終わるのは6日午前になる見通し。(高知新聞9月5日夕刊)

このように要らぬ出費を強いられる自治体が相次ぎました。

また,この14号により,内田康夫『高千穂伝説殺人事件』で高千穂町議会議員がはねられる舞台(?)となった高千穂鉄道が,壊滅的な被害を受けました。

1966年9月22日21時,台風25号,26号,27号が同時刻に発生しました。台風の三つ子です。観測史上,三つ子の台風はこの1組だけです。双子の台風は何組かあり,最近では去年の台風7号と8号,2000年の15号と16号が双子です。四つ子以上の台風の記録はありません。

三つ子に話を戻すと,彼女たち[*1]は仲が悪かった――かどうかは知りませんが,それぞれ独自の道を歩むことになります。中でも26号はとくに凶暴になり,5日前に発生した24号と義姉妹[*1]の杯を交わし(?),24号の“鉄砲玉”として東日本に殴り込みをかけることになります。

●同じ日に2つの台風が上陸

24日09時の天気図を見ると,九州に上陸寸前の大型の台風24号(984mb)があり(当時の分類では“大型で並”),その東に小さいですが965mbの台風26号があります(同じく“中型で並”)。姉貴分24号と妹分26号といった感じですが,妹分のほうが強力です。しかも,24号が上陸を躊躇していたのに対し,怖いもの知らずの26号は60km/hという猛スピードで北上し,26日00時過ぎ,御前崎の西に上陸しました。これに引きずられるように24号も重い腰を上げ,10時過ぎ,高知県安芸市付近に上陸しました。記録上,同じ日に2つ以上の台風が上陸したのはこの日だけです。

この24号と26号のように,2つの台風が東西に並んだとき,東側の台風が鉄砲玉のように高速で北上してくる――という現象は,比較的よく起こります。秋雨前線と台風に出てきた1965年の24号と25号もそうでした。これは“藤原効果”の現われとみることができます。藤原効果については藤原効果と足尾台風もご覧ください。

26号は上陸後,猛スピードのまま富士山のすぐ西を通過,関東北西部,東北地方を通って三陸沖に抜けました。台風がすぐ西を通過した御前崎では24日23時 17分に最大瞬間風速50.5m/sを観測,さらに富士山では25日01時07分に国内最高となる最大瞬間風速91m/sを観測しました。

また,26号の進路付近の静岡県北部から山梨県にかけての山岳地帯と栃木県北部山岳地帯では,南よりの強風による地形性降雨によって60~100mm/hの激しい豪雨(NHK的にいえば“猛烈な雨”)となりました。

●秘湯梅ヶ島温泉

武田信玄の隠し湯とも伝えられる梅ヶ島温泉。温泉の発見は古く,記紀の時代に遡る――というような伝説の真偽はともかく,安倍川上流のひっそりとした峡谷にあることは事実です。少なくとも1966年当時はそうでした。裏を返せば世俗の交通や通信とは途絶した辺境の地ということですが,それが悲劇を生みました。

台風26号の直撃により,梅ヶ島村で25日01時までの1時間雨量が115mmを記録するなど安倍川上流では激しい豪雨に見舞われ,このため安倍川は急激に水かさを増し,2時ごろ10軒の旅館のうち8軒を押し流しました[*2]。流された旅館の中には,慰安旅行で訪れていた県経済連の20~31歳の9人の女性職員が宿泊していた泉屋も含まれており,1人は助かりましたが,8人が犠牲になりました。梅ヶ島温泉では合わせて33人が死亡または行方不明になりました。

11kmほど下流にある梅ヶ島村役場でこの惨事を知ったのは朝になってからで,それも水死体が流れてきたという連絡を受けてからだったそうです。自衛隊などの救援隊が赴きましたが,途中の県道の土砂崩れなどで,丸1日経ってもたどり着けませんでした。

全然関係ありませんが,このblogの左上に住み着いているさすらいペット,ときどき梅ヶ島温泉で休憩します。

●壊滅した文化村

山梨県足和田村では100mm/hに達する猛烈な雨が降り,25日1時25分ごろ土石流が発生しました。直撃を受けた根場集落では全戸数41戸のうち全壊32戸,半壊5戸,床上浸水4戸などほとんど壊滅状態となり,住民218人中63人の死者・行方不明者が出ました。

根場集落は豊かな森林資源によって日本一,二の文化村を誇っていました。この災害の一因が木を切りすぎたことだった――のかどうかはさだかではありません。

根場集落はこのまま廃村となりました。今も根場という地名があり,ググると“根場民宿村”などがヒットします。しかし,昔の“文化村”根場との関係は不明です。あえて書く必要がないから書いてないのでしょうが,ひたすら口をつぐんでいる感じがしないでもありません。

[*1] 当時の台風はすべて女性名なので,義兄弟ではなく義姉妹になります:-) ちなみに,24号,26号,27号の名前はそれぞれHelen,Ida,Juneで,25号には名前がありません。これは当時女性名をつけていたJTWCが台風(TS)とは認めなかったためでしょう。

[*2] “13軒のうち9軒”と書いてある新聞もあります。「気象要覧」では“11軒中9軒”になっています。

9月20日の早朝,沼津の千本浜海岸で詐欺グループ「保全投資協会」の元社員の水死体が発見されました。(内田康夫『漂泊の楽人』)

前の日記と重複しますが,今日は

09/20 早朝,沼津の千本浜海岸で詐欺グループ「保全投資協会」の元社員の水死体が発見される(内田康夫『漂泊の楽人』)

のような事件が起こった日です。

この『漂泊の楽人』がドラマ化され,10月15日に月曜ゴールデンで放送されるらしいです。月曜ゴールデンだけに,ハッキリいって期待しないほうがいいでしょう。でも,金曜プレステージの岡部警部シリーズよりはマシかも知れませんけどね……。あれよりヒドい「内田康夫ミステリー」ドラマがこの世にあるとは思えませんので。

月曜ゴールデンでの「浅見光彦シリーズ」(いわゆる“沢村光彦”)の場面設定のいい加減さは↓に書いたとおりです。

『長崎殺人事件』と長崎豪雨
http://notenkiexpress.blog95.fc2.com/blog-entry-290.html

まあ,伊勢湾台風と長崎豪雨に関してはコジツケみたいなものですが,成沢久子さんの年齢に関しては???が100個くらいつきます。

『漂泊の楽人』は事件の根っこが太平洋戦争中にあり,しかも作品の発表からすでに20年経っているため,去年の9月に放送された月曜ゴールデン「佐用姫伝説殺人事件……悲劇を招く遊女の幻?叶わぬ愛を貫く女の涙が佐賀・唐津の海に消えてゆく…」の成沢久子さんの年齢と同様のおかしな設定になる可能性が十分にあります。

ところで,『漂泊の楽人』は1989年1月17日に火曜サスペンス劇場で「越後路殺人事件」として放送されたことがあります。クライマックスで,なんと,国立駅前が登場!! という意外な展開がありました。百恵ちゃんクレープで有名だった駅の脇のクレープ屋さんもチラッと映っています。

“ニューシティー銀行国立支店”はたぶん北口にある今の三菱東京UFJ銀行だったと思います。原作では「××銀行前橋支店」なんですけどね。(××は伏せ字ではなく原作でも××)

けっこうよくできたドラマだったと思いますが,ヒロインの漆原肇子役が黒木瞳というのがアレでした。そういえば,火曜サスペンス劇場の浅見光彦ミステリーのヒロイン役はアレなのが多かったです。その中でσ(^^;)がもっとも腹が立ったのは「琵琶湖周航殺人歌」でした(笑) それでも「多摩湖畔殺人事件」の橋本千晶が安達祐実というのとは天地の差があります。それだけ安達祐実の橋本千晶役がヒドすぎるのですが。でも,おそらく安達祐実ってセンセの好みなんですよねえ……(-_-;) (『黄金の石橋』を参照)

記録によると,1998年7月17日に金曜エンタテイメントで「漂泊の楽人・越後・沼津殺人事件」も放送されているのですが,たぶん見たことがなくてまったくわかりません。

台風が残した“湖”、奥日光に4年ぶり出現
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070915i404.htm

 ラムサール条約登録湿地の奥日光(栃木県日光市)にある小田代原(おだしろがはら)に、台風9号の大雨の影響で“湖”が4年ぶりに出現した。

 奥日光では、台風9号により557ミリの総雨量を記録。浸透しきれない雨水が草原の低地に約3ヘクタールの楕円(だえん)にたまった。「小田代湖」とも呼ばれ、4年前の台風では約5か月間、姿を見せていた。今回は「1か月は見られそう」(県立日光自然博物館)という。[読売新聞2007/09/15]

このような湖の出現ならばいいのですが(この程度の規模の水たまりで“湖”といえるかどうかは別として),かつて埼玉平野の南部に歓迎されない湖が出現したことがあります。

1947年9月中旬,カスリーン台風がやってきました。台風そのものは最盛期を過ぎていましたが,前線を刺激して関東地方と東北地方に大雨を降らせました。

15日の夜になって水位が急激に上昇した利根川では,16日00時20分ごろ,栗橋付近の右岸堤が大音響とともに決壊,濁流が土地の傾斜に従って南に流れはじめました。そして18日には東京都との境にある桜堤(桜土手)に達し,堰きとめられる形で湛水をはじめます。こうして琵琶湖の8倍という,巨大な面積の湖が出現したのでした。

湛水をこのまま放置すれば水没地域は増える一方,しかも桜堤が決壊すれば東京の下町が水没し,被害がどのくらい増えるか想像もつきません。果たしてどういうことに……? この続きは,首都を水没から守れ!!~1947年カスリーン台風~(http://www.notenki.net/location/other2.html#id0001)をご覧ください。

有名な台風中継の動画↓

YouTube - 阿部レポーターの台風中継(台風中継後スタスタ歩く)

最後の1~2秒によってそれまでの苦労が水の泡,ただのヤラセだったことがバレてしまいました。

人間が風の中で立っていることのできる限界は20m/s程度といわれていますが(体験済み(笑)),これはあくまで一様な空気の流れの中での話であって,実際の風にはいわゆる風の息があるために前後左右にゆさぶられることになります。これではバランスをとるのが精一杯で,とてもレポートなどできません。まあ,それでもレポーターはせいぜいマイクしか持っていないので楽でしょうが,川口探検隊的にいえば,真っ先に洞窟にはいらなければならないカメラマンや照明さんはどうなんでしょうねえ……。

結局,何か物体が飛んできたりする危険なども考えると,限界は10m/sってところではないでしょうか。いずれにしても“台風中継”ができるということはレポートできる程度の風しか吹いていないということであり,裏を返せば風は吹いているけれどもさほどでもないということを身をもって知らせているわけです。

この視点からすると,民放が好きこのんで「ものすごい風です!!」とかやっている台風中継はすべてヤラセだと思って間違いないでしょう。ギョーカイではヤラセではなくヤリというらしいです。

1965年9月18日未明,台風24号の取材のために東京・江東区方面に出動していたラジオ関東(現・ラジオ日本)の取材車が,記者やアナウンサーら6人を乗せたまま晴海埠頭から海に転落,全員死亡するという事故が起こりました。光る海面を舗装道路と見間違えたのだろうといわれていますが,全員が死亡したため真相はわかりません。ヤラセではない本当の台風中継がいかに危険なものかがわかります。

ほとんど同じですが,↓もご覧ください。
台風中継のヤラセ http://notenkiexpress.blog95.fc2.com/blog-entry-53.html
ついでに,秋雨前線と台風 http://notenkiexpress.blog95.fc2.com/blog-entry-341.html

平成19年 台風第12号に関する情報
平成19年9月16日10時30分 気象庁予報部発表
(見出し)
 台風第12号が発生しました。
(本文)
 16日9時、フィリピンの東の
北緯19度55分、東経131度25分において、
熱帯低気圧が台風第12号になりました。
台風はゆっくりした速さで西へ進んでいます。
中心の気圧は992ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は18メートル、
最大瞬間風速は25メートルで
中心から半径240キロ以内では
風速15メートル以上の強い風が吹いています。
 台風の中心は、24時間後の17日9時には
沖縄の南の
北緯21度20分、東経128度30分を中心とする
半径150キロの円内に達する見込みです。
中心の気圧は985ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は25メートル、
最大瞬間風速は35メートルが予想されます。
 48時間後の18日9時には
沖縄の南の
北緯22度50分、東経126度05分を中心とする
半径280キロの円内に達する見込みです。
中心の気圧は980ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は30メートル、
最大瞬間風速は40メートルが予想されます。
予報円の中心から半径370キロ以内では
風速25メートル以上の暴風域に入るおそれがあります。
 72時間後の19日9時には
先島諸島近海の
北緯24度50分、東経123度55分を中心とする
半径410キロの円内に達する見込みです。
中心の気圧は975ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は30メートル、
最大瞬間風速は45メートルが予想されます。
予報円の中心から半径520キロ以内では
風速25メートル以上の暴風域に入るおそれがあります。
 なお、台風の中心が予報円に入る確率は70%です。
この方面の船舶は十分警戒してください。
なお、台風に関する位置等の情報は、海上警報等により発表します。

大分県宇目町轟《ととろ》にその名も「ととろ」というバス停があります。昔からあったようですが,名前が「ととろ」である上に,雨の中サツキがメイを背負ってお父さんの帰りを待っていた「稲荷前」バス停に雰囲気が似ているというので,有名になりました。

その「ととろ」バス停の待合所が2004年9月7日,台風18号の強風で吹き倒されてしまいました。

 宇目町轟(ととろ)地区の「ととろの里」で、台風18号のため、「ととろ」バス停の待合所が倒壊した。町では建て替えを検討しているが、「ピカピカのバス停にしてもイメージが壊れるし…」と頭を悩ませている。

 「ととろ」バス停は大分バスの現役のバス停。「となりのトトロ」のブームで一躍、有名になり、多くの観光客が訪れるようになった。

 地区の人によると、待合所は五十年ほど前に建てられたもの。今月七日の台風18号で小屋ごと飛ばされ、ひっくり返った状態で数メートル後ろに倒れた。現在、「メイ」と「サツキ」姉妹の看板だけが雨ざらしのまま待合所の跡に立っている。

 待合所は二平方メートル余りの小屋。昔懐かしい雰囲気が売り物だけに、町企画商工課は「新しい材料を使えばすぐにでも建て替えられるのだが…。イメージに合う古材がなかなか見つからず、困っています」と話している。[大分合同新聞]

ところが2004年9月17日,すなわち3年前の明日,意外と早く再建されました。

 台風18号で倒壊した宇目町轟(ととろ)地区の「ととろ」バス停待合所が十七日、新しい小屋に建て替えられた。

 大きさは以前のものとほぼ同じ。町企画商工課によると、古い雨戸を壁に使うなど、できるだけ古材を用いたが、手に入らなかった部分は新しい木材を使用。ボランティアの協力を得て、古い雰囲気が出るような色に仕上げた。以前はトタンだった屋根は杉皮ぶきに。地区の人からも「前のよりいいわあ」と好評だ。

 小屋の左右に付いていた絵も元のままだが、以前の待合所に立てられていた「トトロ」の看板は、台風で割れてしまった。「トトロがいなくなって、バス停がちょっと寂しくなっちゃったかなぁ」と町職員。[大分合同新聞]

どうでもいいですが,「ととろ」バス停は写真で見る限り田舎にあるというだけで,アニメのバス停とそれほど似ている感じはしません。そもそもアニメのバス停には“待合所”はありません。もしあったら,サツキは傘を差したままメイを背負っている必要はなく,またトトロも雨の中に立っている必要がなかったわけで,トトロとの出会いも違ったものになっていたでしょう。もっとも,あのデカいトトロがバス停の中で座ってねこバスを待っているという状況は想像できませんが(笑)

ところで,サツキとメイがバス停でトトロに会ったのは,σ(^^;)は1952年6月23日と考えています。

6月23日というのは,小学校の黒板に書いてあるので議論の余地はありません。問題は1952年のほうです。実は1952年とするには矛盾もあるのです。

お母さんが入院している病室のカレンダーがたびたび映ることがあり,それによると8月1日は金曜日になっています。8月1日が金曜日になるのは1947年,1952年,1958年といったところなので,1952年とするのがもっとも妥当だと思います。1958年の可能性が消えるのは,当時のデータを見ると1958年6月23日に雨が降ったとは考えられないからです。なんという現実と空想の混同!!(爆)

ところが,となりのトトロの世界が1952年だとすると(1958年でも同じ),6月23日は月曜日になります。しかし,黒板には6月23日(水)とハッキリ書かれています(原文はタテ書き)。この矛盾はどうにも説明がつきません。

日直が間違えて書いたのだろう……ということで,スッキリはしないのですが,σ(^^;)は1952年ということにしています。

ちなみにこの日,ダイナ台風が紀伊半島に上陸しています。その影響もあって東京では39.8mmの雨が降りました(.8mmとは当時は細かい(笑))。

そしてお父さんの帰りが遅くなったいいわけ。

「電車が遅れてね,バスに間に合わなかったんだ」

もうおわかりでしょう。大雨の影響で電車が遅れたのです(ナットク(笑))

1994年9月15日,北大植物園で,中年男性の絞殺死体が発見されました。(内田康夫『札幌殺人事件』)

2000年9月14日,シドニー五輪サッカー1次リーグで日本は南アフリカに2-1で逆転勝ち。

それはいいのですが,この試合のテレビ実況で,のちにセクハラ事件を起こすことになる日本テレビのバカアナウンサー船越雅史が,「ゴール!」を28回連呼するという恥さらし。

このテレビ局には,盗撮アナ炭谷宗佑もいたりするわけで,まともなスポーツアナはいませんね。

ちなみに,このテレビ局は51年前に東京六大学の早慶戦の放送をめぐってとんでもない事件を起こしています。

平成19年 台風第11号に関する情報 第18号
平成19年9月14日16時40分 気象庁予報部発表
(見出し)
 台風第11号は発達を続け、「非常に強い」台風になりました。台風は1
4日夜遅くには暴風域を伴ったまま沖縄本島に最も接近する見込みです。沖
縄地方では、沖縄本島地方を中心に暴風や高波に警戒して下さい。土砂災害
や低地の浸水、河川の急な増水などにも警戒が必要です。
(本文)
[現況]
 非常に強い台風第11号は14日15時には那覇市の南南東の海上にあっ
て発達しながら1時間におよそ20キロの速さで西北西へ進んでいます。
 中心の気圧は955ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は45メートル
、最大瞬間風速は60メートルで、中心から半径190キロ以内では風速1
5メートル以上の強い風が吹いています。
[今後の予想]
 台風は、今後も発達しながら西北西に進み、14日夜遅くには暴風域を伴
ったまま沖縄本島に最も接近する見込みです。
 風速25メートル以上の暴風域は中心から半径90キロ以内で、あまり大
きくないため、台風の接近により、急に風や波が強まり、大雨となるおそれ
がありますので警戒が必要です。
[防災事項]
<暴風・高波>
 沖縄地方では、台風の接近に伴い風が強まり、沖縄本島地方では14日夜
から15日明け方にかけて風速25メートル以上の暴風域に入るおそれがあ
ります。
 沖縄地方の海上では6メートルを超える大しけとなっており、14日夜に
は波の高さが8メートルに達するでしょう。さらに、15日明け方には一時
的に9メートルの猛烈なしけとなり、その後、大しけが15日夕方まで続く
でしょう。奄美地方でも14日夜から15日にかけて6メートルを超える大
しけとなる見込みです。
 暴風や高波に厳重に警戒して下さい。
 なお、台風からのうねりのために、西日本の太平洋側沿岸部でも明後日に
かけて波の高さが4メートルを超えるしけとなる所がある見込みで、高波に
注意が必要です。
<大雨>
 台風を取り巻く発達した雨雲により、沖縄地方では沖縄本島地方を中心に
、14日夜から15日明け方にかけて大雨となるおそれがあります。
 東海地方から九州にかけての太平洋側の地域でも、南東から流れ込む湿っ
た空気の影響で南東に開けた斜面を中心に大雨となる所があるでしょう。
 15日18時までの24時間に予想される雨量は、多い所で
  沖縄地方                  250ミリ
  九州南部地方                180ミリ
  九州北部地方、四国地方太平洋側、東海地方  150ミリ
  近畿南部地方                100ミリ
 で、沖縄地方では1時間に50~70ミリの非常に激しい雨、その他の地
方でも1時間に30~60ミリの非常に激しい雨を伴う所があるでしょう。
 土砂災害や低地の浸水、河川の急な増水などに警戒して下さい。
<高潮>
 沖縄地方では台風の接近時を中心に潮位が高くなる所がある見込みです。
高潮にも注意して下さい。
[補足事項]
 今後の台風情報や、地元気象台が発表する注意報、警報、気象情報などに
留意して下さい。
 次の台風第11号に関する情報(総合情報)は、14日20時頃発表の予
定です。=

9月13日,ホテルニューオタニの一室で「寿島のきれいな海を守る会」の老人の首吊り死体が発見されました。(内田康夫『赤い雲伝説殺人事件』)

なぞの転校生「風の又三郎」が転校していったのが今日9月12日みたいです。例によって読んでないので,詳細は不明です。

それにしても,

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

から

バ・バ・バ・バ・バビューンと 空を行く
バ・バ・バ・バ・バビューンと 空を行く

を連想するのは,世界広しといえどもこの世でσ(^^;)くらいでしょう(^^;)

また,「マラトンの戦い」でフィリッピデスという伝令がアテネの勝利を伝えるためにマラトンからアテネまで約40kmを走り続け,「われ勝てり」といって息絶えたのは,紀元前490年の今日ということになっています。詳しくは,能天気Express~新世界版~: メロスは何km走ったか? を参照してください。

ついでに,ホントかどうか知りませんが,日蓮の龍口の法難も1271年の今日ということになっています。

1966年の今日,「ウルトラマン」第9話「電光石火作戦」が放送されました。その冒頭は次のようなナレーション。ちなみにナレーターはまだ石坂浩二さんです。

台風13号は本日午後3時14分,伊豆半島に上陸北上中。中心付近の気圧は913mb,最大風速45m/s,暴風圏は半径50km。

上陸時刻が分刻みだったり,中心気圧の割には最大風速が弱かったり,“暴風圏”(今流でいえば暴風域のことでしょう)に至っては信じられないくらい狭かったりしますが,あくまでドラマ上の台風ですからツッコまないことにします。

それよりも,このお話,今に通じる教訓を含んでおり,“非常に強い”台風がやってくるというのに少年団の連中がキャンプを続行して孤立するハメになり,この連中の存在がウラン怪獣ガボラ退治のジャマになります。DQNの無謀な行為はいつの時代も迷惑を引き起こします。

それにしてもホシノとかいうガキ,何回見てもウザいなあ……。

1994年9月9日夜10時ごろ,ゆだ錦秋湖駅付近で,中年男が北上線の下り快速「きたかみ5号」に轢かれ死亡しました。(内田康夫『イーハトーブの幽霊』)

ついでに,1999年09月09日00時09分09秒,地球にラーメタルが衝突……したはずですが,何か痕跡が残っているんでしょうか?(笑)

本日21時,台風10号Danasが発生しました。Danasはフィリピンが提案した名前で“経験すること”という意味らしいですが,詳細はわかりません。調べる気もありません。

先代のDanasは2001年の15号で,9月4日南鳥島の南海上で発生,発達しながら北上し,11日09時半ころ神奈川県鎌倉市付近に上陸,東京都から茨城県北部に進み,死者・行方8名,負傷51名,住家全半壊・一部損壊300棟,床上浸水183棟,床下浸水1202棟などの被害を出して海上に去っていきました。

保存してある当時の新聞記事の一部を引用すると――:

 台風15号は11日午前9時半ごろ、神奈川県鎌倉市付近に上陸、首都圏を直撃した後に太平洋沿岸を北上しており、12日未明には岩手県沖に達する見込み。この台風による死者は5人、行方不明は3人となった。

・・・・(中略)・・・・

 首都圏を直撃した台風15号は、豪雨や強風のツメ跡を各地に残しながら、福島県から太平洋上に抜け、東北地方の沿岸を北上している。関東を中心に死者・不明者は計8人にのぼったほか、橋が流されたり、堤防が決壊するなど被害は広範にわたり、交通機関にも大きな影響が出ている。

 11日午前11時40分ごろ、東京都杉並区荻窪2の増水した善福寺川で男性1人が流されたと119番通報があった。東京消防庁の救助隊が現場付近を捜索している。7メートルの危険水位を超え、2年ぶりに洪水警報が出された多摩川では、堤防上を走る東京都大田区の多摩堤通りが同夜まで通行止めになり、地元消防団員らが支流への水門を閉じ、約20台のポンプを使って排水作業にあたった。

 また、同区の環状8号線・羽田空港トンネル内では、同日午前、1メートル前後の冠水のため車約30台が立ち往生。ドライバーらが全員車外に脱出した。

 一方、9日夜から運転を見合わせていた長野新幹線は、雨量計が規制値を下回ったため、11日午後3時過ぎから上下線とも運転を再開したが、山形新幹線は始発から福島―山形間が運休。在来線でも中央線、青梅線、両毛線の一部区間などで運転の見合わせが相次いだ。

 空の便は台風16号の影響も受けて、同日夕までに全日空が118便、日本航空65便が欠航。国際線では、仙台―ホノルルを結ぶ2便が欠航した。

 道路では、上信越自動車道、関越自動車道などの一部区間が通行止めになったほか、土砂崩れの影響で国道20号の一部区間が通行止めになったため、中央自動車道大月IC―勝沼IC間をう回する車両に対し、通行料金の無料措置がとられた。

 長野県上田市では同日午前8時45分ごろ、千曲川にかかる大石橋の橋脚の1つの土台部分が増水で数メートル流され、欄干などが折れ曲がるようにして落ちた。橋は土台部分の浸食が見つかったため、先月9日から全面通行止めとなっており、けが人はなかった。(読売新聞)[9月11日22時1分更新]

同じころ沖縄付近で“迷走”していた16号とともに,被害の割に歌舞伎町の風俗ビル火災と異国で起こった「9.11」の陰に隠れてテレビではあまり報道されなかった台風です。

今回のDanasすなわち台風10号の位置を見ると,ついこの前台風9号が来た道とほとんど同じところにあります。ただし気圧配置が違うので,今のところ9号とは別の道を生きる予想になっています。同じく先代のDanasとも違う,どうやら遠慮深い(?!)台風のようです。

9月7日の早朝,上野公園の野口英世の銅像近くで,ニセ世田谷区議会議員の毒殺死体が発見されました。(西村京太郎『松島・蔵王殺人事件』)

上野公園に野口英世の銅像なんてあるんですねえ……。

1973年(?)9月6日,広島カープ-東京メッツ3連戦の第2戦(広島球場),9回裏2死1塁から代打・武藤兵吉が水原勇気のドリームボールを完璧に捉え,バックスクリーンにサヨナラツーランホームランを放ちました。(『野球狂の詩』)

1994年9月5日,花巻市の中根子の柳保育園付近の豊沢川で,中年男の変死体が発見されました。(内田康夫『イーハトーブの幽霊』)

台風9号Fitowが接近中です。

Fitowはミクロネシアが提案した名前で,“花の名前”ということです。何の花かは知りません。

先代のFitowは2001年8月31日06時にトンキン湾で発生し同日15時にはただの熱帯低気圧に変わってしまったという,寿命がたった9時間だけのそれこそ花のように儚い台風だったのですが,今回の2代目Fitowは日本に上陸する可能性が高く,もしかすると首都圏直撃というとんだアダ花になるウワサも……。

ちなみに,台風の寿命の最短記録は1974年の29号の3時間ですが,実はあるからくりによって寿命0時間の台風の記録があります。詳細は気が向いたときに(笑)

一昨年の今夜(要するに2005年9月4日の夜),東京,埼玉,神奈川でところによっては100mm/hを超える猛烈な雨が降りました。実測値では,杉並区下井草(杉並区観測)で4日21時50分までの1時間に112mm,三鷹市長久保(東京都観測)で4日22時20分までの1時間に105mmなどが観測されています。

σ(^^;)は90mm/hの雨なら実地体験がありますし,実験装置では200mm/hまで経験がありますが,実験装置の200mm/hより実際の90mm/hのほうが迫力がありました。

よく“滝のような雨”とか“バケツをひっくり返したような雨”というたとえがありますが,わけのわからないたとえです。滝によって水の落ちかたは違うでしょうし,1時間もバケツをひっくり返し続けたら計算上1000mm/hをはるかに超えてしまい(こんな雨はもちろん観測されたことはありません。もちろんひっくり返しかたやバケツの大きさにもよります),ノアの大洪水を超えるチョ~大洪水になるのではないでしょうか(笑)

東京の従来の都市インフラ(どこでも似たようなものかも知れませんが)はだいたい50mm/hが限界です。これを超える雨が降り続くと,まず側溝が溢れます。そしてふだんはチョロチョロとしか流れていないような善福寺川や妙正寺川のような小規模な河川が,信じられないくらいの速さで増水します。地表が舗装されていることもあって保水能力がなく,降った雨がそのまま流れ込むからです。これらの川から溢水するのも時間の問題です。

ところでこの日,東京ドームでB'z LIVE-GYM2005 "CIRCLE OF ROCK"がありました。この方面から来た観客は無事に帰宅できたのでしょうか……。

B'zのライブといえば,2003年9月21-22日には台風15号が接近する中,浜松でB'z LIVE-GYM The Final Pleasure "IT'S SHOWTIME!!"が行なわれていたり,渋谷の地下街が浸水した1999年8月29日には横浜国際競技場で大雨の中,ライブが行なわれていたり……。

また,2000年8月9日には,千葉マリンスタジアムでのライブが雷雨のため2曲だか5曲だかを残して打ち切りになりました。このときメンバーのひとりが「埋め合わせは必ずするから……」といったらしいですが,埋め合わせなるものが実際に行なわれたかどうかは寡聞にして知りません。

そういえば,直接関係ないですが,毎年のように騒音問題を起こしていたエイベックスのa-nation,最近はどうなんでしょうかねえ……。

とはいっても,その昔「NHK少年ドラマシリーズ」で放送されていた次元ジプシーの物語ではありません(笑)

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

と,風の又三郎が転校してきたのが9月1日みたいです。

ただし,原作を読んでないので詳細はわかりかねます(いいかげん(笑))。

「NHK少年ドラマシリーズ」といえば,他には「未来からの挑戦」「巣立つ日まで」「けんかえれじい」なんかが面白かったですね。

SFモノでは「幕末未来人」「暁はただ銀色」「夕ばえ作戦」なんかは途中までは面白かったのですが,そろいもそろって最後がねえ……。

ちなみに,「NHK少年ドラマシリーズ」のリストを見ると,「風の又三郎」なんかも放送されています。内容はまったくおぼえていませんが(おぼえていない以前に見ていない?),NHK最後の全フィルム作品という話を聞いたような気がします。

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