お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。

2007/101234567891011121314151617181920212223242526272829302007/12

お知らせ
2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

12月2日と3日,埼玉県秩父市で秩父夜祭が行なわれます。

かなり有名なお祭りで,ネットでライブ中継も予定されています。

秩父には何回か行ったことがありますが,夏季にしか行ったことがなく,もちろん生で見たことはありません。

ところで,σ(^^;)の知る限り,秩父夜祭の夜に2件の殺人事件!?が起きています(笑)

ひとつは,

2000/12/04 秩父夜祭が終わったこの日の朝,秩父市内の羊山公園で,ホームレス風の初老の男性の絞殺死体が発見される(内田康夫『鯨の哭く海』)

去年の10月13日に「金曜プレステージ」でドラマが放送されましたが,σ(^^;)的にはハッキリいって駄作でした。

ちなみに,『鯨の哭く海』のロケ地探訪は↓
http://www.notenki.net/location/uchida.html#id0003

訪問したのは秩父のみで,しかも最重要箇所が抜けています(笑)

殺人事件のもうひとつは,2002年1月12日に土曜ワイド劇場で放送された「お祭り弁護士・澤田吾朗2 秩父夜祭りに消えた女~恋人に殺人容疑が!巨大笠鉾引き踊り,打ち上げ花火が暴いた真犯人」。あらすじを公式サイトから。

 澤田吾朗(高嶋政伸)は、お祭と聞けば全国どこにでも駆けつけてしまうほどの祭り好きの弁護士。現在、妻・恵(芳本美代子)の母である弁護士・神崎雅子(野際陽子)の事務所に籍を置いている。
 ある日吾朗は、足を捻挫した雅子の代わりに、仕事で秩父へと出かけて行く。折りしもその日は、日本三大曳山祭りの一つ、秩父夜祭りの当日、祭りの血が騒ぐ吾朗は早速参加してしまう。
 ところがそんな中、吾朗は若い女性が男の車に引きずり込まれようとしているのを目撃、女性を助けようとしたことから、周囲を巻き込んでの大乱闘になってしまう。
 所轄署に連行された吾朗は、仕事の依頼人で秩父織りの名人といわれる職人・佐久間大三郎(梅津栄)が保証人となって、ようやく釈放される。
 吾朗は、その直後に大三郎から、自分の孫だというやはり秩父織りの職人・佐久間雄一(西岡竜一朗)を紹介される。雄一は、神谷桐子(細川直美)という恋人を連れていたのだが、桐子こそ、吾朗が助けようとした女性だった。桐子を車に連れ込もうとしたのは、工藤(藤原習作)というチンピラだという。吾朗と桐子からこの一件を聞いた雄一は、「こうなったらあいつと決着をつけてやる」と叫ぶと、その場から駆け去っていき、あわてて桐子もあとを追っていったのだった。

2時間ドラマでは,「サントリーミステリー大賞スペシャル」で放送されたその名も「秩父夜祭殺人事件」もあるのですが,ストーリーが不明で(たぶん見たはずですが),そもそも秩父夜祭の夜に殺人事件があったかどうかわからないので,ここではスルーしておきます。

スポンサーサイト

1950~60年代の新聞を見ると,ちょっとした低気圧が通過したあと,必ずといっていいほど山での遭難の記事が載っています。

AD1954/11/28 富士山で東大,慶大,日大生が雪崩で集団遭難,死者15人

これは富士山で起こった遭難としては最大のもので(当時),毎日新聞ではなんと八甲田山での陸軍第五連隊の遭難(映画「八甲田山」で有名なあの遭難。「天は我々を見放した……」)を引き合いに出し,見出しに八甲田山以来の規模とあります。1ケタ違いますけどね。

「八甲田山」については↓をどうぞ。

ちなみに,富士山では1972年3月20日,春一番をもたらした低気圧によって死亡・不明24人の遭難が起こり,記録が塗り替えられています。その後この記録が更新されたかどうかは,登山にはなんの興味もないので,わかりません。

2005年11月27日,結成して2~3か月(ひょっとして1~2か月かも)しかたっていないはずのシムソンズが第18回北海道女子カーリング選手権大会で準優勝しました。

決勝は3連覇を狙う北見エンジェルスを相手に,前半は大きくリードを許したものの第6エンドで3点をゲット(最後はダブルテイクアウトだったかな?),続く第7エンドでも2点スチール(のはずだけど,なぜかこのエンドも後攻だったような気が……)して同点に追いつき,第8エンドは相手に1点を取らせ第9エンドをブランクにして最終エンドでラストストーンをキープするという前日はじめて1点を取ったチームとは思えない高等戦術を見せ,最後の一投に逆転をかけましたが,レイズヒットがわずかに外れ,6-8で惜しくも敗れました。

とはいっても,映画「シムソンズ」の中での話です。実際のシムソンズは2002年12月に解散しています。シムソンズのメンバーだった小野寺さんと林さんがチーム青森を率いて去年のトリノ五輪に出場し旋風を巻き起こしたことは記憶に新しいところです。

そういえば,この決勝戦を解説していたかたは今年の9月になくなりました。

ついでに,映画のシムソンズのメンバーは全員女優さんですが,北見エンジェルズのメンバーはほとんど(全員? スキップだけ女優さん?)が常呂町のエキストラで,その中に現・チーム青森のメンバーがひとりいます。

1992年11月23日に改造ひのき風呂にヘリウム風船をつけた「ファンタジー号」に乗って琵琶湖畔から米国ネバダ州のサンドマウンテンを目指して飛び立った風船おじさんが2日後の25日,なぜか宮城県上空で海上保安庁の航空機に確認されました。

25日付朝日新聞夕刊:

風船おじさん宮城沖の空に?

第三管区海上保安本部(横浜)に入った連絡によると,二十五日午前八時半ごろ,宮城県の金華山から東方約八百キロで,風船のついたゴンドラが飛んでいるのを同本部所属のジェット機ファルコンが発見した。同本部はこの二十三日,滋賀県の琵琶湖周辺でテスト飛行中に,無許可のまま米国ネバダ州へ向けて出発した東京都小金井市貫井北町,ピアノ調律師鈴木嘉和さん(五二)のゴンドラではないかとみている。高度は約二千五百メートルで,手を振る人の姿も見えたという。

同じく25日付毎日新聞夕刊:

一時不明のゴンドラ宮城県沖を飛行

東京都小金井市貫井北町三,ピアノ調律師,鈴木嘉和さん(五二)が二十三日,装備不十分などを理由に運輸省が飛行中止を求めたのを振り切り,滋賀県・琵琶湖周辺から風船付きゴンドラで米サンフランシスコに向けて飛び立ち,一時消息を絶っていたが,二十五日午前八時半すぎ,宮城県の金華山の沖合約八百キロの太平洋上を約二千五百メートルの高度で飛行しているのを海上保安庁の救援機が見つけた。

海上保安庁によると,鈴木さんは救助を求める際の「イーパブ」(非常用位置指示無線標識)を断続的に発信しながら飛行しているが,通信装置を持っていないため救援機との通話ができない状態。

この後,風船おじさんを目撃した人はいません。おそらく海の藻屑と消えたのでしょう。こんななんの役にも立ちそうのないオッサンを北の将軍さまが好きこのんで拉致するとも思えないし(爆)

なお,風船おじさんに関しては,能天気Express~新世界版~  風船おじさんどこ行くの?もご覧ください。今日の日記とかなり重複しますが。

去年の昨日,自殺するとの虚偽の電子メールを送ったとして,偽計業務妨害の疑いで,42歳の平沢真奈美が逮捕されました。

 平沢容疑者は、市立小学校で事務の仕事をしており、別の市立小学校に、中学2年の卒業生を名乗って小学校時代のいじめを理由に自殺するとの虚偽の電子メールを送ったとされる。最近のいじめによる自殺予告メールや手紙に関連しての逮捕者は初めて。

 調べによると、平沢容疑者は15日午後0時40分ごろ、自分の携帯電話から「小学校5、6年といじめにあって先生にも伝えたけれど聞いてもらえなかった。冷たいあの時の先生を困らせるために死のうと思います」という内容と、実行日を「17日夕方5時」と指定したメールを送り、学校業務を妨害した疑い。(読売新聞) - 11月19日1時57分更新

2001年に44歳の女子高生が髪を切られる事件があり,このブログでも扱っていますが,その上を行く事件です。もしかすると近い将来,40歳の女子小学生が逮捕される事件が起こるかも知れません。

いずれにしても,口裂け女なんかよりはるかに恐ろしいです。

ひとことだけ。どうして青空をバックにが見えるんだ!!

いい加減すぎ。

AD1997/11/16 W杯フランス大会アジア地区第3代表決定戦(マレーシア,ジョホールバル),日本が延長後半13分,中田のシュートのこぼれ球を野人岡野が蹴りこんで,Vゴールで3-2でイランを破り,W杯初出場を決める=「ジョホールバルの歓喜

σ(^^;)はこの試合を大阪のホテルでたこ焼きを食べながら見ていました。大阪のたこ焼きが美味いとは限らないことがよくわかりました(笑)

7年後の2004年9月21日,同じジョホールバルのスリグラムスタジアムで,U-19日本代表が危機一髪!!という落雷事故に見舞われました。

 U-19日本代表が危機一髪! アジアユース選手権マレーシア大会(24日開幕)に向けた練習で、グラウンドに突然の落雷。練習を打ち切り、宿泊ホテルに緊急撤収した。

 雷鳴がとどろく中でセットプレー練習を続けていた、その時だった。一瞬の閃光(せんこう)と同時に体に電流が走る。約30メートル離れた照明灯への落雷。選手はぼう然と立ち尽くした。スタッフが慌てて近くにある小屋に避難させ、大熊監督が「ホテルに戻るぞ! 着替えも(クール)ダウンもしなくていい」と約40分間で練習中止を宣言した。(日刊スポーツ2004/09/22)

このスタジアムでは1992年に落雷死亡事故が起こっており,ジョホールバルの歓喜の舞台となったラルキン・スタジアムでも歓喜と同じ1997年に落雷死亡事故が起こっているとのことです。

19xx年11月15日,東京メッツ-ロッテオリオンズの日本シリーズ第7戦(国分寺球場),9回裏2死満塁からメッツの4番,国立玉一郎の逆転サヨナラ満塁ホームランにより,4-3でメッツが優勝を決めました。(『野球狂の詩』)

ところで,国分寺球場ってどこにあるんでしょうね?

11月14日,名探偵で名高い浅見光彦が,軽井沢のセンセの誕生パーティーに向かう途中,高崎でネズミ取りにひっかかりました。(内田康夫『竹人形殺人事件』より)

1997年11月10日,三井所剛史の水死体が加賀市の橋立漁港の近くで発見されました。(内田康夫『化生の海』)

1983年11月8日,岡山・高梁市の高梁川を漂う川舟から若い男の死体が発見されました。(内田康夫『倉敷殺人事件』)

11月6日,前日22:45東京を発った寝台急行「銀河」のA寝台で,女性の他殺死体が発見されました。(西村京太郎『寝台急行「銀河」殺人事件』)

まず,“特異日”というのは,『気象科学事典』によると

暦の上の特定の日に,ある特定の気象状態が現れる割合が前後の日に比べて高い日

です。

また,以下の話は本ブログ能天気Express~新世界版~  10月10日は晴れの特異日ではなかったと同様にあくまで東京ローカルの話です。

さて,11月3日は晴れの特異日といわれています。しかし,実はこの日だけでなく,この日の前後は晴れることが多いです。東京における1989~2006年の晴天率を調べると,11月2日78%,3日67%,4日83%,……となります。

ちなみに,ある日の天気を晴れとするかそれ以外とするかについては明確な規定があるわけではないので,晴天率の数値は統計期間が同じでも調査(する人)によって多少違うことがあります。

67%ではとくに晴れやすいということもないし,致命的なことに前後の日より率が低いのですから,もはや11月3日は晴れの特異日などとはいえないでしょう。

今どきいないと思いますが,もし得意になって「11月3日は晴れの特異日」とか話しているお天気キャスターがいたら,ウソつくな!! ちゃんと調べていってるのか!!と文句をいいましょう(笑)

このように今では落ちぶれている11月3日にも,かつては栄光の時代がありました。1881-1955年の75年間の晴天率は2日が54%,4日が52%なのに対し,3日は67%でした。それでも67%だからとくに高いとはいえませんが,1921-1955年に限定すると晴天率は70%を超えていました。

そういうわけで,いずれ11月3日の逆襲がはじまるかも知れません。

♪11月は何でもないけど 酒が飲めるぞ~

という歌がありました。そう,日本全国酒飲み音頭

別に意味はなく,今日から11月と聞いてなんとなく思い出しただけです。別に酒が飲みたいわけでもありません。

そういえば,この歌の9月は台風で酒が飲めぞ~でしたね。台風が来るとコロッケを食べる人がいるみたいですから,酒の肴はコロッケが最適でしょう(笑)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。