お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。
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平成20年 台風第17号に関する情報
平成20年9月30日10時30分 気象庁予報部発表

(見出し)
 台風第17号が発生しました。

(本文)
 30日9時、フィリピンの東の
北緯11度00分、東経127度05分において、
熱帯低気圧が台風第17号になりました。
台風は1時間におよそ35キロの速さで北西へ進んでいます。
中心の気圧は1000ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は18メートル、
最大瞬間風速は25メートルで
中心から半径170キロ以内では
風速15メートル以上の強い風が吹いています。

 台風の中心は、24時間後の1日9時には
フィリピンの
北緯13度25分、東経124度05分を中心とする
半径130キロの円内に達する見込みです。
中心の気圧は994ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は20メートル、
最大瞬間風速は30メートルが予想されます。
 48時間後の2日9時には
ルソン島の
北緯15度30分、東経121度00分を中心とする
半径200キロの円内に達する見込みです。
中心の気圧は990ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は23メートル、
最大瞬間風速は35メートルが予想されます。
 72時間後の3日9時には
南シナ海の
北緯18度10分、東経118度20分を中心とする
半径300キロの円内に達する見込みです。
中心の気圧は980ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は30メートル、
最大瞬間風速は40メートルが予想されます。
予報円の中心から半径370キロ以内では
風速25メートル以上の暴風域に入るおそれがあります。
 なお、台風の中心が予報円に入る確率は70%です。

この方面の船舶は十分警戒してください。
なお、台風に関する位置等の情報は、海上警報等により発表します。

というわけで,台風17号が発生して台風が3つになりました。

とはいっても,台風が3つというのはとくに珍しくはありません。去年のことはおぼえていませんが,2004~2006年には起こっています。

4つになるとさすがに少なくなり,1951年以降では4回しかないと思います。

5つあらわれたのは1960年8月の五輪台風の1回だけです。

このときの参加メンバーは14号から18号まででした。有名なお天気キャスターM氏の本に7号,14号,15号,16号,18号と書いてあったりするのですが,もちろん間違いです。番号の不自然さに気づかないのでしょうかねえ……。

ついでに,五輪台風の説明に1960年8月23日09時の天気図を使った放送局があったようですが,最後のメンバー18号が台風に昇格したのは23日の15時なので,09時の時点では五輪台風は勢ぞろいしていません。

五輪台風については能天気Express~新世界版~ 四面台風もご覧下さい。

なお,1950年8月に“熱帯性低気圧”が同時に6つあらわれたことがあります。しかし,今の基準でそのうちいくつが台風なのかはわかりません。

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1955年9月29日22時ごろ,台風22号が薩摩半島に上陸しました。九州を縦断して日本海に抜け,北海道に再上陸する前後に温帯低気圧に変わりました。

この台風は,どちらかというと日本海を通過中の10月1日に発生した新潟大火で知られていますが,上陸時の中心気圧が940mbと勢力が非常に強かったため,九州から中国・四国地方にかけて暴風と高潮による被害も大きく,それに加えて竜巻が発生したこともあり,死者・不明68人,重軽傷314人など,あまり知られていない台風にしては大きな被害が出ています。

当時,柳井市南浜(ただし現在の地名。当時の地名は知らん(^^;))にあった柳井オートは,高潮による浸水を受け,さらに堤防の決壊も加わり,敷地全体が水没した上にスタンドなどの建物も全半壊しました。

翌年1月にはなんとか開催にこぎつけましたが,折からの経営不振もあり,1957年に山陽オートに移転という形で事実上廃止されました。

競馬に限らず,競輪にしても競艇にしてもオートにしても,一定水準以上のコースを維持しなければならない上に広大な敷地を抱えているわけで,しかもすぐそばに川や海があったりすることも多く,台風などの自然災害には弱いといえるでしょう。

最近では,レース場の数も減ったせいか,台風による大きな被害は聞きませんが,2004年,台風16号による高潮で高松競輪場のバンクの内側が水没しました。しかし,10月の共同通信社杯競輪(G2)は予定どおり行なわれました。ちなみに,高松競輪と観音寺競輪で2005年1月に「台風災害復興支援競輪」を開催したことは,いつかの日記で書いたような気がします(誰も読んでないでしょうけれど(笑))。

復興支援レースで大暴動が発生したこともありました。詳しくは能天気Express~新世界版~ ジェーン台風が招いた鳴尾競輪暴動事件をご覧下さい。

2002年には台風6号によって次のようなこともありました。

競争《ママ》馬のひざ付近まで水位

 足利市五十部町の渡良瀬川河川敷にある足利競馬場では、11日午前2時過ぎから放水路の水位が上昇、競馬場東側の厩(きゅう)舎兼住宅11棟が床上浸水した。午前4時ごろには2家族が孤立、市消防がボートで救出した。けが人はなかった。
 厩舎では馬400頭が飼育され、一時は水が馬のひざ付近まで上がってきたという。馬はぬれたエサを食べないため、厩務員は乾いた地面を探して、ぬれた干し草を干し直したり、厩舎にたまった水をくみ出すなどの復旧作業に追われた。
 ある厩務員は「馬が無事だから良かったが、脚に傷があるまま水につかると、そこから菌が入るのではないかと心配だ。しばらく気を抜けない」と疲れた表情で話した。[2002年7月12日19時3分更新]毎日新聞

いまはなき,足利競馬場……。

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1900年9月28日06時30分ごろ,台風が浜松付近に上陸しました。

浜松で06時30分に観測した718.5mmHgは,当時としては記録的に低い気圧だったようです。

その割には,出漁中の沼津の漁師約200名が行方不明になった他はとくに大きな被害はありませんでした。

新聞によると,28日08時ごろ,上野公園内の博物館前の通りにある椋の木の大樹が吹き倒され,荷車を引いていた若者がその下敷きになって圧死,かなり悲惨な状況で身元がわからなかったということです。

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1956年9月27日12時ごろ,台風15号が静岡県御前崎付近に上陸しました。その後13時伊豆半島,14時神奈川県厚木付近,15時千葉県柏付近を通過,16時銚子北方から鹿島灘に去りました。

高知・和歌山などに大雨を降らせたほかは,被害は多くはなかったのですが,9月27日07時20分ごろ,関西線の下り亀山発湊町行きの旅客列車が三重県鈴鹿郡関町付近を進行中,土砂崩れに巻き込まれて1両が10メートル下の加太川に転落,18人の死者を出しました。

なお,14時すぎ,台風の眼が東京を通過しました。ダイナ台風以来4年ぶりのことです。

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アソウとかいうのが総理大臣になったらしいですね。

誰がなろうとどうでもいいのですが,この人,就任したとたんに平気でウソついてます。麻生内閣総理大臣記者会見より一部引用します。

 今年はまだ台風が一度も上陸していない。気が付いておられる方もいらっしゃるかと思いますが、台風はまだ一度も本土に上陸しておりません。こんなことは過去に例がない。4年前は9回上陸、平均3回という日本において、ゼロもしくは9回は何となく異常だなと感じていらっしゃる方も多いと思いますが、これは日本一国でやれる話ではありません。明らかに何となく我々の周りに大きな変化が起きていると感じなければおかしいところなんですが、そういった問題につきまして、この環境問題というのは、日本はサミットをやった経緯などなどを考えて、世界をリードして行けるだけの技術もあるし、そういったものもし得る立場にあるんだと思って頑張っていただければと思っております。

コイツがバカなのか,ロクでもないブレーンしかいないのか,その両方なのか,たんに国民をバカにしているのかはわかりませんが,太字にした部分「台風はまだ一度も本土に上陸しておりません。こんなことは過去に例がない」は真っ赤なウソです。

台風が上陸しなかった年は1984,1986,2000年の3回あります。9月まで上陸がない年を加えれば4回となります。

そればかりか,4年前の上陸数は9個ではなくて10個です。

まあ,しょせん次の選挙までの総理大臣でしょうから,こんなのでも務まるのでしょう。

ちなみに,アソウという名前から紀子ちゃん危機一髪というゲームを思い出すのは,σ(^^;)くらいでしょうねえ……(爆)

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1966年9月25日の00時過ぎ,猛スピードで北上してきた台風26号が御前崎の西に上陸しました。そして10時過ぎ,ようすをうかがっていた(?)台風24号も高知県安芸市付近に上陸しました。1951年以降,同じ日に2つ以上の台風が上陸したのはこの日だけです。

この義姉妹台風の暴れっぷりについては本ブログの能天気Express~新世界版~  史上最凶の“三つ子”をご覧下さい。

上で“1951年以降”といちいち断わったのは,それ以前には1日に複数の台風が上陸したと思われる記録があるからです。σ(^^;)が確認しただけで3組ほどあります。

いきなり全部を紹介するのはもったいないので(笑),ここでは最も古いのだけ。

1902年9月28日,ひとつは08時ごろ布良付近を通過して08時20分ごろ横須賀の西に上陸,もうひとつは15時ごろ潮岬の東に上陸しました。

この2つの台風のうち横須賀の西に上陸したほうは足尾台風とよばれます。詳しくは本ブログの能天気Express~新世界版~  藤原効果と足尾台風をご覧下さい。

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1964年9月24日17時ごろ,台風20号Wildaが鹿児島県佐多岬付近に上陸しました。台風はその後,日向灘から四国・近畿地方,金沢市付近を経て日本海に出た後,東北地方を縦断,25日午後三陸沖へ抜けました。西日本から関東,東北南部にわたって死・不明56,負傷530,住家損壊71269,同浸水44751などの被害がありました。

1964年といえば東京五輪。聖火リレーの真っ最中で,オリンピック気分も盛り上がりつつありました。代々木の選手村もすでに開村していました。こんなときに台風がやってきたわけです。

聖火リレーは一部区間を中止して被害を避けました。

東京では25日朝から強風が吹きました。選手村には補強工事を施したものの,正面ゲート・ビルで雨もり,1階屋上の換気塔が飛ぶ,入村受付所の大きなガラスの壁がこわれる,共同浴場のトタン屋根がはがれ,煙突が倒れ,窓ガラスが割れる,その他あちこちで屋根がわらや窓ガラスが壊れる,案内の標柱やゴミ箱がころがる,植えたばかりの木が根こそぎひっくり返る――などの小さな被害が続発しました。

カヌー会場の相模湖でも,競技用ポンツーンがひっくり返ったり,観客席のスタンドの一部が倒壊したりする被害がありました。

台風20号による災害に対して,フランス選手団から義援金が寄せられました。

ついでに,台風の影響かどうかはわかりませんが,築地で24日18時半ごろ,大渋滞で動かなくなった車のすぐ後ろの車が激しくクラクションを鳴らし,そのあげく車から降りていいがかりをつけました。後続に2人のそれぞれの同僚がいたからさあ大変,4人の殴り合いがはじまりました。バカはいつの時代にもいるものです。

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目黒競馬場ときて次に大井とくれば,万人が万人,競馬場つながり……と思うでしょう(笑)

ところが残念さにあらず,1935年9月24日付の東京朝日新聞朝刊に

目黒競馬場で大井川遊び

とあります。

府中に新・東京競馬場が開設したのは1933年11月8日。目黒競馬場が廃止になって間もなく2年になろうとしていた1935年9月は,雨が降り続いていました。

久しぶりに晴れ間の見えた23日のこと,競馬場跡地内のところによっては深さ1丈もたまった泥沼で,近所のガキどもが「大井川遊び」をしている最中,そのうちの1人が深みにはまり,それを助けようとした2人も深みに引きずり込まれました。近くで飛行機遊びをしていた人,通りすがり,郵便局員の3人によって1人は救助されましたが,2人は死亡しました。

「大井川遊び」って何かと思ったら,越すに越されぬ大井川と謳われた,大井川の川渡しゴッコらしいです。当時一般的に行なわれていた遊びかどうか知りません。今では誰もやらないでしょう。

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1912年9月22日,台風が四国東部に上陸し,近畿地方を通って若狭湾から日本海にはいり,海岸沿いを北上しました。

東京では23日未明から南よりの風が吹き荒れました。

廿二日夜の降雨は翌廿三日午前一時頃に至りて暴風雨に變じ更に午前八時頃よりは雨歇みて淒じき烈風となりたるが,市中は例に依りて各所浸水を見,家屋の潰倒夥しく或は煙突倒れ塀牆壞れ,或は庭樹,道樹の裂け又倒れたるもの無數,更に街頭に立てば電線切斷して網を投じたるが如く路上に散亂し,看板飛び街燈軒燈破れて光景音響共に慘憺たるものあり・・・・(9月24日付讀賣)

この暴風雨により,9月13日に心中を遂げた乃木希典の墓が被害を受けました。

昨夜來の暴風雨の爲め青山なる乃木大將の墓所は天幕を吹き拂ひ電燈を損じ恩賜其他の御榊等打倒されたるが直に多數の人夫を役して午後二時其修繕を了れり(同)
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1934年9月21日の05時ごろ,台風が室戸岬付近に上陸しました。室戸台風です。室戸岬で05時10分に観測した「684粍」は驚異的なもので,当時の世界最低気圧でした。その後台風は淡路島から神戸市付近を通り,富山湾に抜けました(さらに秋田付近に再上陸して東北地方を横断,太平洋に去った)

台風の大阪接近がちょうど登校時またはその直後にあたっていたため学校での被害が多く,京阪神で293校が倒壊,生徒・教職員893人が死亡したと記録されています。

死亡した教職員の中には生徒をかばって死亡した教師たちも少なからずいたようです。なかでも6人の女の子をかばって犠牲になった豊能郡の豊津小学校の吉岡藤子訓導はその生い立ちもあって有名になり,「嗚呼吉岡藤子先生」という映画にもなりました。

教師を見たら性犯罪者と思うのが当たり前の現在ではとても考えられません。いまの教師ならほとんどがわれ先に逃げ出すでしょう。いや,こんな状況ではそもそも学校に来ないかもしれません。それはそれである意味当然の選択ですが。

ちなみに,“御真影”を救出しようとして亡くなった校長もいたそうです。当時としては当然の行為だったかもしれませんが,たかが写真のためにバカバカしい話です。亡くなったかたは気の毒でした。

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内田康夫センセの作品『箱庭』にはプロローグに1991年の台風19号,いわゆるリンゴ台風が描かれています。かなり迫力のある描写です。そして,この台風の暴風で大損害を受けた厳島神社の大鳥居付近に男の変死体が流れ着く――というのが事件のはじまりですが,これについては能天気Express~新世界版~  リンゴ台風Mireilleと箱庭をご覧下さい。

さて,つい先ほどまで金曜プレステージ箱庭が放送されていました。デキもアレでしたが(とにかくヒロインがアレではねえ……),リンゴ台風が無視されていたのはガッカリでした。もっとも,17年前の台風をそのまま取り入れると,TBS月曜ワク“沢村光彦”お得意のメチャクチャな設定になってしまいますが(例えば,能天気Express~新世界版~  『長崎殺人事件』と長崎豪雨参照)。

もうひとつ。原作では東尾静江さんの夫は1993年の5年前,つまり1988年の崖崩れで死んだことになっています。これは1988年7月20~21日の豪雨によるものと思われます。

それがドラマでは,10年以上前,鉱山で働いていたときに豪雨による山崩れで死亡したことになっていました。いつの災害によるものかはもちろん不明です。

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1954年9月18日21時ごろ,台風14号Lornaが御前崎の東方に上陸しました。その後,駿河湾に出て,伊豆半島を横切り,19日00時ごろ房総半島に再上陸しました。

気象庁は上陸が目前に迫った17日15時の中心位置を「北緯28度30分,東経135度30分」といったん発表したあと,「北緯27度50分,東経134度20分」に,距離にして約100kmも南西に訂正しました。このため予測上陸地点も大きく変更され,各地の防災担当者をあわてさせました。当時の観測体制ではいたしかたなかったところです。

ところで,14号が去ったあとの20日付朝日新聞に次のような気になる記事が。

台風,もうおしまい?
中央気象台の話 来月上旬から秋晴れ


台風十四号は十九日午後には岩手県三陸はるか東方の太平洋に去った。中央気象台の話ではいまのところグアム南方海洋上に弱い熱帯性低気圧があるだけで,どうやら今年の台風は大体出つくしたかたち。廿一日ごろから大陸の冷い大気がのび出して彼岸から今月末までは関東南部には朝晩秋雨が訪れはじめ,本格的な秋晴れは十月上旬からということだ。

“グアム南方海洋上”にある“弱い熱帯性《ママ》低気圧”がのちの洞爺丸台風です。

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2006年9月17日,台風13号Shanshanが長崎県佐世保市付近に上陸しました。

平成18年 台風第13号に関する情報 第99号 
平成18年9月17日18時25分 気象庁予報部発表 

(見出し)
台風第13号の中心は、17日18時過ぎに長崎県佐世保市付近に上陸しま
した。 

(本文)
なし
 
台風13号、佐世保に上陸 西日本で死者9人

 強い台風13号は九州全域を風速二五メートル以上の暴風域に巻き込み十七日午後六時すぎ、佐世保市付近に上陸、約二時間で九州の北の日本海に抜けた。本県では、南島原市で男性一人が死亡した。宮崎県延岡市では、突風で家屋が壊れるなどの被害が相次ぎ三人が死亡、JR日豊線の特急が脱線し乗客ら六人がけがをした。福岡県では、コンテナの下敷きになって男性(39)が死亡。広島市でも消防団員(50)が遺体で見つかったほか、中国新聞社の記者(27)が行方不明になった。

 佐賀県では十六日に三人が死亡しており、台風による死者は計九人となった。十六日からの九州・沖縄のけが人は二百人を超えた。

 宮崎県延岡市では突風で民家の窓ガラスが割れるなどの被害が続出。損壊した民家で自営業の新名敬二さん(42)が頭から血を流して倒れているのが見つかり、死亡が確認された。

 また、同市浜町の温室の外で倒れていた女性(84)が死亡したほか、強風で倒れたスーパー陳列棚の下敷きになった男性(77)が死亡した。同市によると、市内では百人近くのけが人が出ているという。

 一方、JR日豊線南延岡駅近くでは十七日午後二時ごろ、徐行運転中だった特急にちりん9号(五両編成)が脱線し、前方の二両が横転。乗客三十二人のうち五人と運転士の計六人が軽いけがをした。延岡市消防本部によると、当時、駅付近では竜巻とみられる突風が発生していたという。

 国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は十八日、現地に調査官を派遣する。
 広島市では、十六日夜から警戒に出たまま行方不明となっていた消防団員が十七日に遺体で見つかったほか、十六日夜に災害現場の取材に出かけた中国新聞社の男性記者が行方不明となっている。

 一方、佐賀県内では十六日、車で通り掛かった家族が鉄砲水に巻き込まれるなどして、計三人が死亡している。
(2006/09/18(Mon) 長崎新聞)

なお,この台風による被害は,死・不明10人,重傷39人,住家全壊92棟,同半壊306棟,同一部破壊9754棟,床上浸水195棟,床下浸水941棟などでした(消防庁まとめ)。

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神田祭という神田明神のお祭りがあります。今は5月15日前後に行なわれていますが,かつては旧暦九月十五日前後に行なわれていました。

1874年,明治天皇が神田明神に行幸するにあたり,天皇が参拝する神社に“朝敵”平将門が祀られているのはヤバいということで,平将門は末社に降格されるといういわれなき処分を受けました。

時の神田っ子たちはこの処分に反発,10年にわたり神田祭をボイコットしました。

しかし,それから10年たった1884年,世は不景気だし,この不景気を吹っ飛ばそうじゃないかということで,太陽暦9月14~16日に復活神田祭が催されることになりました。

ところが,吹っ飛んだのは不景気ではなく祭りのほうでした。もちろん平将門が怒って,なんと台風を召喚したのです。

明治の初年朝敵論の喧しき際ヨセバよいのに神田明神の神體に迄難癖をくツ付け將門様は末社の御牢舎,……我三百年鎮守の奮思を忘れ將門ハ朝敵ゆゑ神殿に上らすべからずなどゝて末社に追い退けたるこそ奇恠な○……將門様は時こそ來たれりと日本八十餘州より數多の雨師風伯を驅り催し大事の大事の十四日の宵宮よりして八百八町を荒れ廻はりて折角のお祭りをメチャメチャに致されたるなり(時事新報9月16日)

この台風は15日10時ごろ東海地方に上陸し,関東地方を通過して夕方には金華山沖に抜けました。芝・飯倉にあった海軍観象台では15日午後4時に「南南西八十二里」の風を観測しています。

東京府内では神田祭のほかにもかなりの被害があったようで,例えば深川区では9割以上の家屋が浸水しています。

興味深いところでは,上野不忍池に完成したばかりの共同競馬会社の競馬場が暴風によって壊れました。

不忍の池の馬塲は既に落成し馬見所は上棟式も濟み七八分通りは出來せしが一昨日の暴風雨にて皆を破壞したれば今度は假馬見所を設け来月二十四五六の三日間同所に於て馬塲開の式と合せ競馬會を施行されるといふ(読売9月17日)

ちなみに,この競馬場は当時国内では珍しい左回りでした。

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今宵は中秋の名月月見バーガーの日です(笑)

名月月のなどということばがあって,東日本では天気が悪い日が多いとされています。「降りお月さん」という童謡もあります。

以前,メルマガを出していたときに,1990年から2004年まで15年間の中秋の名月の天気を調べたことがあります。次の表は,中秋の名月の日における東京の21時の天気です。2005年以降について興味のある人は自分で気象庁のHPなどで調べてください。

気温現在天気全天雲量
yyyy /10
199022.510
199122.47
199224.28
199324.110
199426.0快晴0
199524.17
199618.72
199716.310
199820.310
199928.310
200027.8快晴1
200118.510
200221.910
200329.0薄曇9
200421.610
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1950年9月13日の13時ごろ,キジア台風が鹿児島県志布志湾付近に上陸しました。

キジア台風は死・不明53人,家屋損壊4836棟,同浸水12万1924棟,田畑被害約9万ha,船舶損失845隻などの被害をもたらしましたが,どちらかというと錦帯橋を流した台風として有名です。

この台風の進路については中央気象台と大阪管区気象台が対立,大阪管区側が勝利するという“中央”の名前が泣く結果となりました。

また,福岡管区気象台は上陸の前日の12日,「九州に与える影響は少ない」という予想を発表していました。

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平成20年台風第13号に関する沖縄地方気象情報 第15号
平成20年9月12日16時45分 沖縄気象台発表

(見出し)
八重山地方では、2007年に八重山地方に被害をもたらした、台風第15
号に匹敵する最大風速40メートルの猛烈な風が吹く見込みです。先島諸島
では暴風に厳重に警戒して下さい。なお、与那国島地方や多良間島では、1
2日16時頃、暴風域に入ったと見られます。

(本文)
 非常に強い台風第13号は、12日15時には
石垣島の南約100キロの
北緯23度25分、東経124度00分にあって、
1時間におよそ15キロの速さで北西へ進んでいます。
中心の気圧は935ヘクトパスカル
中心付近の最大風速は45メートル、
最大瞬間風速は65メートルで
中心から半径150キロ以内では
風速25メートル以上の暴風となっています。
また、中心から半径370キロ以内では
風速15メートル以上の強い風が吹いています。

[台風の今後の予想]
 非常に強い台風第13号は、今後もゆっくりとした速さで北西に進み、1
2日から13日にかけて、非常に強い勢力を維持したまま、先島諸島に接近
する見込みです。台風の動きが遅く、先島諸島では長い期間、台風の影響を
受けるおそれがあります。

[防災事項]
<強風・暴風>
 石垣島地方では、風速30メートル以上の猛烈な風が吹いています。与那
国島地方や多良間島では16時頃に、風速25メートル以上の暴風域に入っ
たと見られます。台風の接近に伴い、急激に風が強まり、猛烈な風が吹く見
込みですから暴風に厳重に警戒して下さい。

予想される最大風速(12日)   (13日)
宮古島    23メートル    20メートル
多良間島   25メートル    23メートル
石垣島地方  40メートル    35メートル
与那国島地方 35メートル    40メートル

<高波>
 先島諸島の沿岸の海域では、うねりを伴い波の高さが10メートルを超え
る猛烈なしけとなっています。海上や海岸付近では高波に厳重に警戒して下
さい。
 また、本島地方では、うねりを伴い波の高さが5メートルに達するしけと
なっていますので高波に十分注意して下さい。

<大雨>
 先島諸島では、13日にかけて非常に発達した雨雲がかかり、雷を伴って
1時間50ミリ前後の非常に激しい雨の降る所があるでしょう。また、13
日18時までの24時間に予想される雨量は、多い所で300ミリの見込み
です。

<高潮>
 八重山地方では、12日から13日にかけて、台風の接近に伴って潮位が
高くなる見込みです。海岸や海岸付近の低地では、高潮による浸水や冠水に
注意して下さい。

 予想される最大潮位(標高)(12日から13日にかけて)
 石垣島地方  150センチ
 与那国島地方 150センチ

<雷、突風>
 先島諸島では、13日かけて非常に発達した雨雲がかかり、局地的に雷が
発生するおそれがあります。発達した積乱雲の下での落雷や竜巻などの激し
い突風に注意して下さい。

[観測値(速報値)12日15時40分現在]
<最大風速>
 波照間空港   12日15時40分  北東の風  32メートル
 竹富町大原   12日15時35分  北東の風  27.2メートル
 石垣市登野城  12日15時33分 東北東の風  25.6メートル

<最大瞬間風速>
 竹富町大原   12日15時31分  北東の風  43.3メートル
 石垣市登野城  12日15時37分   東の風  40.9メートル

 次の台風情報(文章形式)は12日20時頃の予定です。
 位置情報については、府県情報(図形式)を参照願います。

2007年の台風15号に関する記事↓

 先島地方を暴風域に巻き込んだ台風15号は次第に勢力を弱めながら沖縄地方から遠ざかっている。与那国島地方は7日午前3時15分に暴風警報が解除された。全域が台風に巻き込まれた八重山地方では依然、広範囲で停電が見られるなど混乱が続いた。住宅や車両の損壊、けが人も新たに確認された。宮古島地方では4千万円余りの農作物の被害なども確認され、台風のつめ跡が広がりを見せている。八重山では8日以降、被害状況の把握や復旧作業を進めるため、今後、被害の拡大が懸念される。 県宮古支庁は7日、台風15号の影響で宮古島市と多良間村で農産や畜産、農林水産施設に計4232万5千円の被害が確認されたとの速報を発表した。同市城辺では港道路、遊歩道のアスファルト損傷などで250万円の被害を確認した。石垣市のタクシー会社では、タクシー7台のガラスが割れた。
 県防災危機管理課の7日午後3時半現在のまとめによると、台風15号の影響で電柱が石垣市で4本、竹富町7本、与那国町10本の計21本が折れ、電線34本も断線した。八重山では1時1万戸以上が停電した。沖縄電力は沖縄本島からの81人の復旧要員を含む158人態勢で復旧に当っているが、7日午後11時現在も八重山地方で約1400戸で停電が続いている。
 NTT西日本沖縄支店によると7日午後8時現在、与那国島久部良で約200回線の電話、西表島上原で約200回線のインターネットなどが依然不通。同社でも沖縄本島からの70人を含む約130人態勢で復旧に当っているが、復旧のめどは立っていない。
 与那国町久部良では2戸の住宅が半壊。八重山全体で33戸の民家が一部損壊。石垣島真栄里でガラスが、竹富町波照間で倒木により屋根がそれぞれ損壊。与那国町では久部良で10戸、比川で3戸、祖納で18戸に上った。同町では倉庫など14戸で床上浸水もあった。2隻の船舶にも被害が出ているもよう。
 県防災危機管理課によると、新たに石垣島で30代女性と50代男性がそれぞれ風にあおられ転倒するなどしてけがを負った。今回の台風によるけが人は6人となった。
最終更新:10月8日9時40分
琉球新報

被害がないことを願っています。

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千葉県の東方沖を北上中のTDってホントにただの熱帯低気圧なんでしょうか?(下図は気象庁HPより)

2008/09/11(Thu)22時

まあ,銚子だけ異様に強いという感じもしますが。

かつて“弱い熱帯低気圧”を大あわてで時間をさかのぼって台風に昇格させたことがありました↓

鹿児島沖で台風発生、初上陸=太平洋高気圧ずれ「北生まれ」-発表に遅れ(時事通信)

 気象庁は14日夕、鹿児島県の東海上にあった熱帯低気圧がごく小さく弱い台風16号になり、午後5時ごろ宮崎県串間市の都井岬付近に上陸したと発表した。台風の上陸は今年初めて。台風の周辺や東側には暖かく湿った空気が流れ込んでおり、同庁は大雨と強風に警戒を呼び掛けている。今年の夏、太平洋高気圧の中心位置が平年より北東にずれた影響で、平年より北よりの位置で台風が発生するケースが相次いでいる。
[時事通信社 1999年 9月15日 00:36 ]
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きょうの16時40分に気象庁が発表した台風第13号に関する情報 第2号です↓

平成20年 台風第13号に関する情報 第2号
平成20年9月10日16時40分 気象庁予報部発表

(見出し)
 強い台風第13号が、発達を続けながら沖縄の南の海上を北上し、12日
から13日にかけて先島諸島に接近する見込みです。先島諸島では、今後、
風が強まり、波もうねりを伴い次第に高まってきますので十分注意・警戒し
てください。

(本文)
[現況]
 強い台風13号は、10日15時には沖縄の南の海上にあって、ゆっくり
とした速さで北北西へ進んでいます。中心の気圧は945ヘクトパスカル、
中心付近の最大風速は40メートル、最大瞬間風速は60メートルで、中心
から半径200キロ以内では風速25メートル以上の暴風、中心の北東側4
60km以内と南西側370km以内では風速15メートル以上の強い風と
なっています。

[今後の予想]
 台風はさらに発達しながら、ゆっくりとした速さで北上し、12日から1
3日にかけて先島諸島に接近する見込みです。

[防災事項]
<高波>
 先島諸島では、台風の接近に伴って、11日明け方にはうねりを伴い波の
高さが6メートルを超える大しけとなり、12日から13日かけて波はさら
に高くなるでしょう。

<強風・暴風>
 先島諸島では、10日夜遅くから風速15メートル以上の強風域、12日
には風速25メートル以上の暴風域に入るおそれがあります。

 今後、先島諸島では、台風の接近に伴い、風は強まり、波は高まる見込み
です。強風、暴風や高波に注意、警戒してください。

[補足事項]
 今後の台風情報や地元気象台が発表する注意報、警報、気象情報などに留
意して下さい。
 次の台風第13号に関する情報(総合情報)は、11日5時頃に発表の予
定です。

海外のいくつかの機関の予報をネットで見ると,この台風の予報はまちまちで,なかなか面白いです。

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前の日記に書いたように台風13号Sinlakuの動きが気になるところですが,台風13号といえばウラン怪獣ガボラです。

1966年9月11日,要するに42年前の明日,「ウルトラマン」第9話「電光石火作戦」が放送されました。その冒頭は次のようなナレーション。ナレーターはまだ石坂浩二さんです。

台風13号は本日午後3時14分,伊豆半島に上陸北上中。中心付近の気圧は913mb,最大風速45m/s,暴風圏は半径50km。

上陸時刻が分刻みだったり,中心気圧の割には最大風速が弱かったり,“暴風圏”(今流でいえば暴風域のことでしょう)にいたっては信じられないくらい狭かったりしますが,あくまでドラマ上の台風ですからツッコまないことにします。

それよりも,このお話,今に通じる教訓を含んでいます。“非常に強い”台風がやってくるというのにバカ少年団がキャンプを続行して孤立,この連中の存在がウラン怪獣ガボラ退治のジャマになります。DQNの無謀な行為はいつの時代も迷惑をまき散らします。こんなやつらほっときゃいいのに……。

それにしてもホシノというガキ,何回見てもウザいなあ……。

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沖縄の南海上にある台風13号Sinlakuの動きが気になるところですが,忘れたころに登場する「台風××号列伝」,もちろん13号です。歴代の13号の中から今回は1953年の13号Tessを取り上げたいと思います。

とはいうものの,この台風については気象庁のHPに台風第13号 昭和28年(1953年) 9月22日~9月26日として載っていますので,台風そのものものや被害状況についてはそちらを参照してください。

ここでは気象庁のHPには載っていないことを紹介します。

13号が日本に近づいてから,気象庁の進路予想はネコの目のように二転三転しました。とくに上陸が間近となった25日の09時から12時までの間に,「室戸岬から紀伊水道へ」「潮岬から東海地方へ」「やはり紀伊水道へ」「やっばり東海地方へ」というように3回も大きく変わりました。

テスTessといえば,トマス・ハーディの小説『ダーバヴィル家のテス』(Tess of the D'Urbervilles)の主人公で,純情でだまされやすい女性です。しかし13号Tessは性格的には正反対,気象庁をだまし続けたわけです(笑) もしかして,だまされるほうが悪い?

この台風の勢力は,当時としては1945年の枕崎台風に次ぐ戦後2番目のものでした。その割に被害が少なかったのは,大都市を避けて通ったから……ということがあげられます。9月26日付読売新聞に次のようにあります。(送りがななどは原文のまま)

珍らしい“田舎まわり”型

・・・・その通過地点がほとんど大都市をさけていわば“田舎まわり”となったために幸い大都市には予想されたほどの被害をもたらさなかった。

今なら抗議殺到,まずお目にかかれない表現でしょう。

ちなみに,この13号による被害の復旧・復興をめぐる行政のドタバタを描いたルポルタージュ,杉浦明平『台風十三号始末記』(岩波新書)はなかなか面白いです。今も変わっていないでしょう。

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1950年9月3日に神戸市付近に上陸したジェーン台風は大阪湾に高潮を発生させ,大阪府から兵庫県南東部にかけて大きな被害をもたらしました。

復興資金を調達しようと,9月8日からの兵庫県営鳴尾競輪ジェーン台風災害特別救援レースと名づけられました。

そして第2日目の9日に事件は起きました。

17時40分発走の第11レース,本命の③三滝(=仮名)が発走後300m付近でクランクピンがはずれ競走不能となって着外に去り,⑤-①とはいって11820円の“大穴”となりました。このため,一部が「八百長だ!!」と騒ぎ出しました。

当時は本命が消えて大穴が出ると一部の人間が「八百長だ!!」と騒ぐのはしょっちゅうで,暴動に発展することもとくに珍しくはありませんでした。実際に八百長だったケースもあったので,話は単純ではありません。

このレースで本命だった三滝選手は,前年の4月に名古屋競輪で八百長の疑いをかけられ,半年の出場停止処分を受けていて,この日は復帰戦でした。そういう“前科”があるので,実力的には本命であっても疑いをもっていたファンも少なくなく,どの程度根拠のある話かは知りませんが,当たりとなった⑤-①も本来なら5万円くらいの払い戻しがあってもおかしくない車券だったという話です。

主催者は抗議を無視して配当金の払い戻しと第12レースの車券の発売をはじめたため,約5000人が暴徒と化しました。

その後、元々待機していた消防車がガソリンを抜き取られた上に横倒しにされたり、車券発売窓口が襲撃されるなどした。その上、当時の木造スタンドが放火され全焼、危険なためスタンド内に待機していた車券発売窓口の女性が逃げ遅れて犠牲者が出るなど大惨事へと発展した。
更に、威嚇のため出動した一人の警察官が発砲したところ流れ弾が観客に命中し死亡したことから、より騒ぎが大きくなってしまい収拾がつかなくなり、最終的に駐留米軍も出動するほどの異常事態となってしまった。結果的に、250名もの観客が逮捕された。
(Wikipediaより(最終更新 2008年7月15日 (火) 18:32)。なお,“犠牲者が出るなど…”とありますが,流れ弾が当たった観客以外に死者は出ていません。ちなみに,この項に関するWikipediaの記事には間違いが多いです。そもそも日付が間違っているし)

ジェーン台風災害特別救援レース」ということもあり(?),ジェーン台風の被災者も多く競輪場に来ていました。“射殺”された人も「床下浸水一尺,屋根ガワラはほとんど飛んでしまったという被災者の一人,しかしそれにもめげず四日から勤務先の工場の復旧に働き,八日夜も工場で徹夜,やっと十日から操業できる見込みがついたので九日午後四時ごろから友人四人とともに競輪場に行き,この災難にあったもの」(9月10日付大阪朝日)。

しかし,一方で前夜から不穏な動きもあったようです。偏見も混じっていそうですが。

第一日の八日夜には競輪場の芝生の上で四,五百名のファンがごろ寝して夜を明かした。「家はどうするのだ」という署員(鳴尾署員=引用者注)の質問に対し「家はドロ水の中。帰っても寝るところがなく,往復の電車賃さえ惜しい。家の復旧費かせぎに一か八かだ」血走った目で答えるやけっぱちさに何かぎょっとさせるものを感じたという。(同)

この事件をきっかけに,競輪を廃止せよ( ゚Д゚)ゴルァ!!の声が一気に大きくなりました。しかし結局廃止されなかったところを見ると,当時は自治体の収入源としての役割がかなり大きかったのでしょう。

ちなみにこのころ,キジア台風が硫黄島の南方海上を北北西に進行中で,東日本に接近すると予想されていました。

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樽見京一郎なる人物が津軽海峡に投身自殺したのが今日9月8日だそうです。

これは水上勉の『飢餓海峡』の中での話で,樽見京一郎は架空の人物だと思います。

「だそうです」とか「と思います」とか自信なさげに書いているのは,実はσ(^^;)は『飢餓海峡』を読んだことがないからです。以下はネットからかき集めた『飢餓海峡』のストーリーに基づいて書いたものです。多少の誤りはご容赦ください。映画も混じっているかも知れません。

1947年9月20日,“台風10号”の嵐の中で北海道の岩内で質店一家3人が惨殺される事件が発生。そして大しけの海で青函連絡船「層雲丸」が転覆,530人が犠牲になります。

1947年といえば,カスリーン台風が有名です。この台風による被害の一端については首都を水没から守れ!!~1947年カスリーン台風~をご覧下さい。

カスリーン台風は当時の発表ではこの年11番目の台風ですが,中央気象台的には9番目の台風だったようで,今流にいえば台風9号となります。したがって9月20日の台風10号というのは番号的には合っていますが,北海道を襲ったという事実はありません。

このように,災害を勝手にデッチ上げるとつじつまが合わなくなります(笑)

もちろん,この“台風10号”が1954年の「洞爺丸台風」をモデルにしていることは明らかです。この台風では洞爺丸を含む青函連絡船5隻が沈没,1430人の犠牲者が出ました。また,岩内で大火が発生しています。

どうしてわざわざ1947年にタイムシフトさせたのでしょう? σ(^^;)は原作を読んでいないし読むつもりもないのでよくわかりませんが。

ところで,洞爺丸台風が描かれている作品に三浦綾子『氷点』があります。印象的なのは次のシーンです。

……ふいに近くで女の泣声がした。胃けいれんの女だった。「ドーシマシタ?」宣教師の声は落ちついていた。救命具のひもが切れたと女が泣いた。「ソレハコマリマシタネ。ワタシノヲアゲマス」宣教師は救命具をはずしながら,続けていった。「アナタハ,ワタシヨリワカイ。ニッポンハワカイヒトガ,ツクリアゲルノデス」啓造は思わず宣教師をみた。しかし啓造は救命具を宣教師にゆずる気にはなれなかった。……

この話がそのまま事実だったかどうかはわかりませんが(少なくとも“啓造”は実在の人物ではないし),上前淳一郎『洞爺丸はなぜ沈んだか』や田中正吾『青函連絡船 洞爺丸転覆の謎』などに,沈んでいく船内での3人の宣教師の崇高な振る舞いが紹介されています。このうち,いちばん若かったドナルド・オースが奇跡的に生還しています。

ちなみに,一昨年の11月にテレビ朝日で放送されたドラマ「氷点」では,この場面がまったく無視されていました。この場面がどう描かれるのかにしか興味のなかったσ(^^;)は,もちろんそこでチャンネルを変えました(笑)

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大分県宇目町轟《ととろ》にその名もととろというバス停があります。昔からあったようですが,名前が「ととろ」である上に,雨の中サツキメイを背負ってお父さんの帰りを待っていた「稲荷前」バス停に雰囲気が似ているというので,有名になりました。

さて,2004年9月7日09時半ごろ,台風18号Songdaが長崎市付近に上陸しました。そしてこの台風18号の強風によって,ととろバス停が吹き倒されてしまいました。

宇目町轟(ととろ)地区の「ととろの里」で、台風18号のため、「ととろ」バス停の待合所が倒壊した。町では建て替えを検討しているが、「ピカピカのバス停にしてもイメージが壊れるし…」と頭を悩ませている。

 「ととろ」バス停は大分バスの現役のバス停。「となりのトトロ」のブームで一躍、有名になり、多くの観光客が訪れるようになった。

 地区の人によると、待合所は五十年ほど前に建てられたもの。今月七日の台風18号で小屋ごと飛ばされ、ひっくり返った状態で数メートル後ろに倒れた。現在、「メイ」と「サツキ」姉妹の看板だけが雨ざらしのまま待合所の跡に立っている。

 待合所は二平方メートル余りの小屋。昔懐かしい雰囲気が売り物だけに、町企画商工課は「新しい材料を使えばすぐにでも建て替えられるのだが…。イメージに合う古材がなかなか見つからず、困っています」と話している。 [大分合同新聞]

ところが意外に早く,この年の9月17日には復活しました。

ところで,このととろバス停,写真で見る限り,田舎にあるというだけで,アニメの「稲荷前」バス停と似ている感じはσ(^^)的にはまったくしません。そもそもアニメのバス停には“待合所”はありません。もしあったら,サツキは傘を差したままメイを背負っている必要はなく,またトトロも雨の中に立っている必要がなかったわけで,トトロとの出会いも違ったものになっていたでしょう。もっとも,あのデカいトトロがバス停の中で座ってねこバスを待っているという状況は想像できませんが(笑)

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1994年9月2日,北海道山越郡八雲町の海岸で,函館土木現業所所長の自殺と思われる死体が発見されました。(内田康夫『札幌殺人事件』)

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グスタフの名前を最近よく耳にしますが,アメリカには興味がないのでハリケーンの話ではありません。

グスタフってどっかで聞いた名前だと思ったら,菊花賞馬プレストウコウの父ですね。

σ(^^;)的にはプレストウコウよりもノボルトウコウのほうが印象に残っています。

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