お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。
お知らせ
2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)
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「気象要覧(1925年1月)」より――:

一月二十九日ヨリ三十日ニ至ル旋風 二十九日朝沖繩島附近ニ發生シタル低氣壓アリ。次第ニ發逹シツゝ東北東ニ進ミ,三十日八丈島ノ南ヲ經テソノ東方洋上ニ去リタリ。當時支那大陸ニ於テハ高氣壓發展シ爲ニ本邦全部ニ亙リ風雨マタハ風雪ヲ起シ,三十一日ニ至リ天候恢復セリ。コノ風雨雪ノ爲東海道以西九州方面マデ電信電話ノ被害少カラズ。

東京における1月30日の最深積雪は27cm。歴代8位の記録で,1月では歴代3位の記録です。

31日付東京朝日夕刊より――:

賑やかな雪の都

降るは降るはもう一尺餘

關東地方や飛騨の高山には珍らしい赤色の雪

盲滅法の圓太郎

初めての大雪に遭つて悲鳴をあげる運轉手

引用文にあるように,この日,東北地方南部から近畿地方北部にかけて“赤い雪”が降りました。

各地に灰や色のある雪

噴火か黄砂飛来の為か

さまざまの迷信に不安の人々

記事から要約すると,色のついた降雪は次のような状況でした。

  • 福島……福島県一帯に30日08時ごろから灰混じりの降雪
  • 米沢……30日07時ごろから降灰
  • 大町(信濃大町)……29日夜より30日朝,三寸あまりの雪が積もったが一面にうす赤色
  • 長岡……29日夜から30日朝,積雪の上に赤い灰
  • 高田……30日払暁から黄色の雪
  • 山形……30日未明,粉雪に混じって少量の降灰
  • 仙台……30日小雪を混えて灰が降る,とくに白石大河原付近で
  • 舞鶴……30日02時ごろから淡紅色の雪

藤原ハカセによると,

井伊掃部頭が桜田門外で暗殺された時にも赤い雪が降つたと云つて江戸人が騒いださうだ

再び「気象要覧(1925年1月)」より――:

一月三十日ノ降灰 今月三十日各所ニ紅雪ノ降ルアリ,調査ノ結果ニヨレバ降灰區域ハ別附圖ノ如ク本州中部地方ノミニ限ラレ,滿鮮方面ニモ黄砂ノ現象無カリシ由ニシテ且本臺ニテ顕微鏡試驗ヲ行ヒタル結果ヨリ見ルモ恐ラク,火山ノ噴煙ニヨル降灰ナル可シ。

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気象庁では顕著な災害を起こした自然現象については固有の名称をつけることになっており,2009年1月現在,22の気象現象について名称がつけられています。その中で唯一の温帯低気圧が「昭和45年1月低気圧」です。

1970年1月29日午後沖縄西方海上に発生した1010mbの低気圧は発達しながら60km/hで北東に進み,30日15時には足摺岬付近で996mbとなり,紀伊半島に上陸,31日03時には静岡付近で976mbに発達しました。その後,進路を変えて関東北部から東北地方を60km/hで通り岩手県から太平洋に抜けました。

この低気圧が引き起こした暴風雨雪による被害はほぼ全国に及び,死者・不明25人,住家全壊45棟,同半壊126棟,同破損736棟,同流失9棟,床上浸水925棟,床下浸水3497棟,船舶流出・沈没293隻などとなっています。

被害が大きかった原因は,低気圧が強かったこともさることながら,気象庁の予報ハズレ,警報の出し遅れでした。31日付読売新聞夕刊より。“日本語でおk”って感じの記事です(笑)

 台湾坊主があばれて各地に被害が続出した。なぜ予報がおくれたのか。

 「東京サバクにおしめり」「雨量は五,六ミリ」というのが,三十日昼ごろの気象庁の予報だっが一夜あけてみたら,東京地方の雨量は五十八ミリ。平年の一月分(四十八ミリ)を一日で軽くオーバー。

 ところが,気象庁が「これはおかしい」と,低気圧の異常な発達に気づいたのは三十日の夕方になってから。午後三時に,四国付近にあった“旋風”の目は九九六ミリバールで,ぐんぐん発達する勢い。ここで,午後四時,東京地方に初めて「風雨波浪注意報」が出た。やがて三十一日午前三時二十五分に「大雨強風波浪注意報」に切り替えられたが“赤信号”の「暴風雨波浪警報」が出たのは朝の五時十分という遅れ方。小名浜港で「空光丸」が遭難したあと。

 低気圧は二つの目を持ち太平洋岸と日本海側とを併進し,東京地方が九七四ミリバールという最低気圧となったのは午前七時過ぎだが,低気圧の前面に回り込んだ南風による被害は明け方がピーク。警報はすべて後手,後手と回ったわけだ。

 しかし,三十日午後八時には富士山頂の測候所では五十メートルの強風を記録したあと,風速計がふっとんでしまった。大荒れの“前兆”はあったのだ。

「まさか夜中にコースがずれ,発達するとは考えなかった」と予報官たちはいうが,そうした動きをつかむのが役目のはず。

ついでに,31日の夕刊から見出しをいくつか拾ってみましょう。例外なく“台湾坊主”が使われています。

“台湾坊主”各地で大暴れ

大雨・強風・ヒョウ・落雷 不意打ち“台風”

各地で火事や浸水騒ぎ

(朝日)

抜打ち“冬台風” 強烈パンチ

絶叫,大波に消える 空光丸巡視船も手が出せず

東京で二百戸浸水

八重洲通りにはポッカリ大穴

(毎日)

“いたずら台湾坊主”大荒れ

豪雨・強風・バカ陽気

(読売)

このようにすっかり定着していた“台湾坊主”ですが,前にも書いたように,1975年3月に気象庁が「台湾低気圧」にいいかえるように部内に指示したことがきっかけで,新聞でも使われなくなりました。

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1963年1月28日,300円の賭けで荒川放水路を泳いで渡ろうとした♂中学生(15)が,波にのまれて水死しました。

単純に比較はできませんが,当時の300円は今では2000~3000円に相当するようです。それにしても物好きな……。

ところで,時あたかもサンパチ豪雪の真っ最中でした。この日の福井新聞を見ると,

福井市36年ぶりの大雪

積雪二メートルを越す

効なし“一斉除雪デー”

などの見出しがあります。また,23日に新潟駅を出発した急行「越路」はこの日の08時29分にようやく上野駅に到着しました新潟-上野112時間列車の旅 | 能天気Express~新世界版~を参照してくだざい)

東京も毎日冷凍庫のように冷え込んでいて,この日の最低気温は-4.1℃でした。

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2001年1月27日,東京では02時25分からみぞれが降り出し,03時35分には雪に変わりました。積雪は09時に1cm,12時に6cmとなり,14時30分,東京地方に3年ぶりとなる大雪警報が発表されました。

東京の最深積雪は17時の8cmで,警報の割にはたいしたことはありませんでしたが,この雪のため東京都内では305人が病院送りとなりました。

一方,埼玉県の秩父では73年ぶりとなる53cmを観測しました。

 発達した低気圧の影響により27日は、県内各地で大雪となった。熊谷地方気象台によると、特に秩父市では積雪が57センチとなり、1月としては観測史上最高を記録するとともに年間を通しても1928年2月の58センチ以来、史上2番目の大雪となった。秩父地方の市街地では28日も一面銀世界。道路ではタイヤチェーンを着けた乗用車がスピードを落として走り、商店街では夕方になっても商店主らが雪かき作業に汗を流した。このほか、県内各地で重傷九人を含む178人のけが人が出るなど、雪による影響が相次いだ。

 「こんな大雪は生まれて初めて」と、秩父市内のコンビニエンスストアの店長(45)は店の駐車場や自動販売機の上に積もった雪を取り除くのに懸命。秩父郡吉田町の観光イチゴ園では、「イチゴ狩りのシーズンとはいえ、これだけ降っては観光客が来ないのは仕方がない」と、ビニールハウスに積もった雪を払った。

(2001年1月29日付埼玉新聞)

また,長野県の飯田と諏訪では,観測史上最深の積雪を記録しました。

 諏訪と飯田で積雪が観測史上最高となるなど、中南部で記録的な大雪となった二十七日。JRは運休が相次ぎ、中央西線では立ち往生した列車内で、夕食も届けられないまま夜を過ごす人も出た。高速道は上信越道信州中野インター以南で通行止めが続き、交通網は終日まひ。暮らしを支える物流も滞った。湿った重い雪は電線を寸断し、下伊那地方などでは広範囲で停電が起きた。雪下ろし作業中にけがをする人も各地で続出した。

(2001年1月28日信濃毎日新聞ウェブサイトより)

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1958年1月26日03時,東シナ海に1020mbの低気圧が発生しました。発達しながら速いスピードで九州西方海上から山陰沖を北東に進み,同日21時に能登半島沖に達したときは中心示度は1006mbを示していました。

一方,この低気圧が鳥取沖にあった同日15時,この低気圧から南西にのびる前線上の瀬戸内海西部に低気圧が発生し,近畿,中部地方を経て27日03時には金華山沖で先の低気圧と併合してさらに発達しました。

さて,26日17時30分に乗客139人を乗せて小松島を出航した南海丸(494トン)が和歌山に向けて航行中,18時28分に危険を知らせる無線連絡をした後,消息を絶ちました。28日16時,紀伊水道島の南西端から260度2.4海里の水深約40mの地点に沈没している船体が発見されました。旅客および乗組員167人のうち生存者は1人もいませんでした。

当時,付近海上には強風注意報が出されており,平均17~20m/sの風が吹き,平均4~5mの波があったと推定されるので,強風とシケのために沈没したと考えられていますが,生存者が1人もいないこともあり,海難審判の裁決は,

主文

 本件遭難は、その発生原因が明らかでない。

となっています。

ついでに,今日は次のような事件があった日でもあります。

AD2001/01/26 19:18ごろ,山手線の新大久保駅で,ホームから転落した酔っぱらい坂本某を助けようとして関根史郎さんともうひとりが飛び降りたが,間に合わず3人とも死亡

このとき坂本某といっしょに酒を飲んでいてドサクサまぎれにトンズラした連中って,今ごろどうしているんでしょうね?

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今ごろになって気づきましたが,今年はサンデーショックなんですね。

といっても耳慣れないことばかもしれません。サンデーショックとは2月1日が日曜日になることです。σ(^^;)が受験屋をやっていたころはこんな便利なことばはありませんでした。

2月1日は東京・神奈川の私立中学校の入試がはじまる日なのですが,この日が日曜日だとプロテスタント系のミッションスクールが2日以降に試験日を移動します。有名どころでは,女子学院,立教女学院,フェリス女学院,東洋英和女学院ってところが大挙して2日に移動します。

優秀な女の子にとっては女子御三家2校ダブル合格って名誉も起こる(1人だけ知っています)一方で,例年の合否予測データがほとんど役に立たない……という現象が起こるわけです。

それに加えて,今年は1月31日から2月1日にかけて低気圧が関東の南~東海上を発達しながら進む見込みです。幸い(?),南からの暖気を呼び込むので今のところ雪の可能性は少ないですが,風雨が強くなったとき風に弱いあの路線とかあの路線とかは大丈夫ですかねえ……。

まだ先なので変わる可能性も高いです。まあ,いずれにしてもσ(^^;)にとっては他人事ですから……(笑)

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1927年1月24日,東京で-8.6℃を観測しました。東京における歴代3位の最低気温です。(東京の歴代の低温記録については東京の最低気温 | 能天気Express~新世界版~をご覧ください

25日付東京朝日新聞夕刊には――

何もかも凍りついて泣かされた朝の支度

枕許のコツプの水まで凍つて 絶頂のけさの寒気

一方,日本海側の地方では,20日ごろから北陸地方を中心に大雪が降り続いていました。

立徃生列車救ひ出しに死力を盡くす六千名

北陸線の雪ますます猛烈に 排雪車も活動にぶる

しかし,史上空前の昭和2年豪雪はまだはじまったばかりです。

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今日は次のようなできごとが起こった日です。

1902/01/23 神成大尉率いる陸軍第八師団青森歩兵第五連隊210名が八甲田山の雪中行軍に出発。途中,小峠付近に達したとき(11時半ごろ),天候が急変する

1910/01/23 七里ヶ浜沖で,逗子開成中のボートが転覆。生徒12人全員死亡

1963/01/23 雪の中,上り急行「越路」が新潟駅を出発

それぞれすでに記事がありリンクを張りましたのでそちらをご覧下さい。明らかに書き直したほうがいいところもあるので,来年には書き直したいと思います。

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◎◎◎◎◎ 1 1 テンポイント   66.5 鹿戸
▲×注○× 2 2 エリモジョージ  60  池添
×   △ 3 3 ジンクエイト   52  清水英
△△△△▲ 4 4 タニノチエスター 58  久保敏
      5 5 マチカネライコー 51  柴田光
 ××   6 6 ビクトリアシチー 50.5 福永洋
   ×  7 7 ヤマニンバリメラ 52  池江
      8 8 スリーファイヤー 49  小谷内
○○○▲○ 8 9 ホースメンホープ 57  小野

印はスポニチ(大阪版)のものです。

紙面には

世界へのステップ台! 負けられぬ

走れTポイント

酷量66・5キロに挑戦

などの見出しが第1面にデカデカと躍っています。

結果は,テンポイントの圧勝!! 秋の凱旋門賞もブリーダーズカップクラシックも快勝したことに,σ(^^;)の記憶の中ではなっています。

ちなみに,ブリーダーズカップクラシックの創設は公的には1984年です。

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台湾坊主というのは,このブログでは何回も登場してきたとおり(これからも登場するでしょう(笑)),台湾近海で発生する低気圧のことです。新聞でも好んで使われ,もしかすると台風の次に有名な総観スケールの気象現象だったかも知れません。1975年3月に気象庁が「台湾低気圧」にいいかえるように部内に指示したことがきっかけで,新聞でも使われなくなったようです。ただ,あくまで気象庁では使わないというだけです。部外者が使う分にはまったく差し支えありません。

さて,1986年6月16日,ロッキード裁判丸紅ルート控訴審の最終弁論が行なわれました。その弁護側の最終弁論に,なんと台湾坊主が登場します。

16日付朝日新聞夕刊より,弁論要旨:

【第三回(49年1月21日)の授受や搬送時間に関する原判決の不自然性,不可能性】


当日の気象は「台湾坊主」といわれる悪天候で,都内では強風を伴うみぞれや雪が降っていた。このような日に授受を行うのは不自然で,現実性に欠ける。

3回目の現金受け渡しが行なわれたとされる1974年1月21日,つまり35年前の今日,低気圧が発達しながら本州付近を通過していました。ただし,この低気圧は華中から東シナ海を通ってやってきたもので,残念ながら台湾坊主ではなく,いうなれば“ニセ台湾坊主”です(笑)

この低気圧のおかげで関東から東北地方にかけて雪が降り,前年11月11日以来71日間続いていた東京の無降水記録はやっと終息しました。

ところが,当初の予想以上に雪が降り,東京ではとくに21-22時の1時間に3cm積もる“短時間強雪”になりました。この影響で首都圏の交通は大混乱,東海道線,横須賀線,京浜東北線,常磐快速線,総武線などが相次いでストップ,首都高も22時20分に全面閉鎖となりました。

“台湾坊主”の悪天だからカネの受け渡しは現実的でないというのは,当時は“台湾坊主=荒天”の図式が成り立っていたとしてもバカバカしい論拠ですが(実際荒天だったわけですけど),メインはそこではなく,いわゆる「榎本アリバイ」の補強のようです。第一審で退けられた「榎本アリバイ」について,独自の走行実験に基づいて次のように主張しています。

弁護人の実験によると,この往復にかかる自動車走行の時間だけで,高速道路利用の場合に六十六―八十二分,一般道路だと六十―八十二分を要した。本件当日は悪天候で積雪もあり,通常日の何倍もの渋滞があったことは容易に推定でき,一審認定によっては田中邸への現金搬入は不可能。

これに対する検察側の弁論要旨は次のようになっています。

第三回授受に関し,参院議員会館往復の時間を根拠にした弁護人主張は,本件当時とは交通事情が格段に異なる現時点の走行実験をもとに一審判決を論難するもので,失当である。また,当時,降雪があったことは認められるが,高速道路が通行不能であったとの立証はない。

上記の“ニセ台湾坊主”によるアリバイ主張が判決ではどのように扱われたのでしょうね? 今さら興味もありませんが。

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昨日から礼拝所不敬罪というあまり聞き慣れない罪が話題になっています。

葬式妨害:知人の葬儀で大声、棺押し倒す 42歳男を逮捕 - 毎日jp(毎日新聞)から一部引用:

知人の葬儀を妨害したとして、東京都世田谷区の会社役員、新保修洋(にいほ・のぶひろ)容疑者(42)が葬式妨害容疑で逮捕されていたことが警視庁世田谷署への取材で分かった。葬式の妨害は刑法の「礼拝所不敬及び説教等妨害罪」にあたり、1年以下の懲役か禁固、または10万円以下の罰金が科せられるが、同容疑での摘発は異例だという。

以前,1998年1月の大雪についての新聞記事を調べていたときに,1998年1月13日付読売新聞の次の記事が目にはいりました。

通り魔殺人 哀悼の花・お菓子

「まだ食えるで」と盗む 大阪 若者ら数人

1998年1月8日に殺人鬼・北口誠が起こした通り魔事件の現場での話です。

板倉宏・日大教授(刑法)の話として,

法的には微妙だが,供えられた花束の所有者を被害者の遺族とすれば窃盗罪,供えた道路上を礼拝所の類と考えれば礼拝所不敬罪などが考えられる

この大阪のバカども,まだ生きているんでしょうかねえ……?

最近では,去年6月に鬼畜・加藤智大が起こした秋葉原事件の献花台からの盗みが問題になりましたが,礼拝所不敬罪の適用は検討されなかったのでしょうかねえ?

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1984年1月19日,本州の南海上を低気圧が発達しながら通過,このため九州から関東地方にかけて大雪となりました。

大分では1月の最深積雪となる14cmを記録しました。東京の22cmは1969年以来15年ぶり,1月としては第5位の記録です。

この影響で首都高,中央・東名の各高速道路は全面閉鎖,東海道・山陽新幹線のダイヤも大きく乱れました。また,雪による転倒者が続出しました。σ(^^;)はこのとき,いい歳したオトナが雪で滑って転ぶのをはじめて見ました。

この年の冬は首都圏でとにかく雪が降りまくり,東京の冬季の降雪日数は29日に達しました。

中でも1月31日の3度目の雪,2月17~18日の5度目の雪は受験にも大きな影響を及ぼしました。このことについては雪と入試(2) | 能天気Express~新世界版~をご覧下さい。

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気象庁のサイトから東京における1月の最深積雪のベスト10をあげると,次のようになります。

1887/01/18    31cm
1954/01/25    30
1925/01/30    27
1923/01/25    23
1984/01/19    22
1978/01/03    21
1897/01/14    19
1998/01/15    16
2006/01/21     9
1971/01/05     9

というわけで,122年前の今日,東京で1月の最深積雪が観測されました。この記録は通年でも第5位の記録です。

この日は明け方から雪が降りはじめたようで,読売新聞に「細かくして灰の如き降り方ゆゑ……」とあるので,今の東京ではまずお目にかかれないパウダースノーに近い雪だったと思われます。

往来は雪かき人以外人影が消え,鉄道馬車は朝1便だけ運転しただけで運休になりました。

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1936年1月17日,奥羽線の板谷峠で除雪車が吹雪により脱線しました。このため奥羽線は不通になり,16日12時50分青森発の急行列車が米沢から引き返し,陸羽線を通って小牛田経由で上野に向かうことになったため,20時間以上延着することになりました。

これは当時の延着の記録のようです。この記録は1963年に急行「越路」によって破られることになります。急行「越路」の旅についての概略は新潟-上野112時間列車の旅 | 能天気Express~新世界版~をご覧ください。

1935年12月~1936年2月は,本州の日本海側各地と福島・滋賀・岐阜各県を中心にところによっては1881年以来という豪雪に見舞われました。このため,吹雪や雪崩による家屋の倒壊,交通障害が相次ぎました。

2月2日,福井県大野郡下穴馬村で雪崩が起き,亜鉛鉱山事務所が崩壊して死者16,負傷12。2月5日未明には馬県草津町の谷所鉱山で大雪崩が発生,宿舎7棟が倒壊して42人が犠牲になりました。

板谷峠付近では最深積雪が6.6mに達して雪崩が頻発,1か月あまりも奥羽線が不通になりました。

この豪雪による被害は死者158,負傷844,家屋損壊961などと伝えられています。

ちなみに,麻生とかいうどっかのバカ総理なら,「急行が廿十時間遅延」と書き初めに書くかもしれません(笑)

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1986年,山梨県立日川高校の♂39人が学校の授業でスキー合宿に来ていた長野県北安曇郡白馬村の土産物店で集団万引きをはたらいたとして,大町署は17日までにこの生徒たちを盗みと贓物収受の疑いで補導しました。

39人のうち29人(2年生25人,3年生4人)は13日19時半から22時ごろまでの自由時間に4,5人ずつのグループに分かれ,白馬村北城の土産物店5店でスキー用品など計約200点,40万円相当を万引きし,残りの10人(2年生,3年生とも5人)は盗品と知りながら一部を受け取っていました。「長野の田舎に行けば簡単に万引きができる」と上級生から聞かされていたということです。

日川高校は11の競技でかいじ国体の強化指定校になっており,補導された生徒には国体候補選手約20人や野球部員もいました。

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タイトルは,1952年1月15日付朝日新聞の見出しです。続けて

新年からもう76名

昨年中に千名 15-19歳が大部分

とあります。

さて,日記にしるされた恐怖の文字 | 能天気Express~新世界版~で書いた「三鷹女子中学生失踪事件」ですが,14日になって急展開します。

12日に失踪して誘拐された疑いもある智佳子さん(=仮名)が新宿の旅館で無事保護されたのです。智佳子さんの語る足取りはおおよそ次のとおりでした。

  • 12日朝ピアノのおけいこに行く途中,40過ぎの大阪弁の男に捕まった。そして四谷付近の家に連れて行かれた。
  • その家には不良っぽい男が4人ほどいて,「両親に,金を持って助けに来てください,と書け」と脅された。
  • 書かずにがんばっていると,夜8時ごろ男たちは外に出て行った。そのすきに逃げたが捕まった。
  • 13日になって再びすきを見て逃げ出し,四ツ谷駅から国電(=死語)に乗り,新宿の旅館に泊まった。

まあ,女子中学生や女子高校生がストーカーに捕まったとき真っ先にされることはだいたい決まっているので(<おい(^^;)),かなり無理のある供述であることは本人以外には誰でもわかるでしょう。

警察もそういう見かたをしたかどうかはわかりませんが,裏づけ捜査を行なったところ,四ツ谷駅付近には智佳子さんが述べたような家はない,智佳子さんと思われる少女が京都駅前の旅館に宿泊した……というような事実が判明しました。それに基づいて事情を聞いたところ,智佳子さんは次のように白状しました。

  • ストーカーされていたのは作り話で,家出するための口実だった。
  • 智佳子さんは養女で,生みの親に会いたかった。ただ,そこに行くと家出がバレるので,遠く離れたところに行って自活するつもりだった。

智佳子さんは水戸市内に住むY氏の四女で,9歳のときに子どものいない実弟の大手建設会社役員の家に養女にはいったそうです。よくはしてもらっているものの実家も懐かしく,それが募っての計画的家出――というのが真相でした。

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きょうは愛と希望と勇気の日らしいです。

由来は次のできごとです。

1959/01/14 第3次南極観測隊,昭和基地に1年間放置されていたカラフト犬のタロとジロが生きていたことを確認

犬が2頭生存していることはすぐに確認できたみたいですが,あまりの変わりようにどの犬かはしばらくわからなかったようです。第一報では別の名前が報じられています。

あまりの変わりようというのはやせ細っていたということではなく,まったくの逆で,丸々と太っていたとのことです。基地に置いてきた食糧にはまったく手をつけておらず,おそらくペンギンなどを捕獲していたのでは……と想像されていますが,何を食べていたのか本当のところはいまだによくわからないそうです。

タロとジロ以外の13頭は死亡,または行方不明ということになっています。

第1次越冬隊で犬の担当だった北村泰一氏の『南極越冬隊タロジロの真実』によると,第4次越冬中に行方不明になった福島隊員の遺体を第9次越冬隊が発見した直後,基地の近くから白い犬の遺体が発見されたそうです。行方不明になった犬のうち色が白かったのはシロとリーダー犬リキだけで,北村氏はリキではないかと書いています。

リキは映画「南極物語」では最後まで残った4頭のうちの1頭で,シャチの襲撃からタロとジロを守った傷がもとで力尽きたことになっています。もとの飼い主だった姉妹の姉を荻野目慶子が演じていました。当時はまだかわいい(笑)

ちなみに,4頭のうちのもう1頭は“風連のクマ”で,一匹狼のクマは確かタロとジロを基地近くまで“送り届けた”あと,いずこともなく去っていきました。

なお,置き去りにしたことについて今も昔も批判がありますが,事態が急を要しており,連れ帰るにも薬殺するにも時間的余裕がなかったようです。

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133年前の今日1876年1月13日,東京で観測史上最も低い気温-9.2℃が観測されました。

気象庁のサイトから東京の最低気温のベスト10をあげると,次のようになります。

 1 1876/01/13    -9.2℃
 2 1885/01/14    -9.1
 3 1927/01/24    -8.6
 4 1876/01/12    -8.6
 5 1881/01/13    -8.4
 6 1885/01/21    -8.2
 7 1922/01/22    -8.1
 8 1876/01/14    -8.0
 9 1945/02/05    -7.9
10 1901/02/03    -7.9

これを見ると,第10位までの中に1876年1月12~14日の3日間が含まれています。どのような状況だったのでしょうか。

あまりに古い話なので当時の資料をさがすことはσ(^^;)にはほとんど不可能ですが,「東京市史稿」に「十日丑,大雪」「十一日寅,大雪」とあるので,南岸低気圧の通過後,寒気がはいってきて強い冬型の気圧配置になったのでしょう。これでは何もわからないのとほとんど同じですね(^^;)

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今日は成人の日。今はさまようよろいと化している成人の日は,以前は1月15日でした。

その1月15日の恒例行事として,かつてはラグビー日本選手権,「NHK青春メッセージ」(またはその前身の「NHK青年の主張コンクール」)などが行なわれ,NHKで生中継されていました。

「NHK青春メッセージ」の視聴率は平均して3~4%ってところでしたが,1998年だけ突然10.9%にはね上がっています。朝6時~深夜0時の総世帯視聴率も歴代9位の59.5%を記録しました。

この日1998年1月15日,関東地方は未明から大雪に見舞われ,東京の積雪は1月としては1984年以来の16cmに達しました。

“雪の成人式”となった各地の会場の参列者はいつもの年よりもかなり少なく,さびしい式典となりましたが,そのおかげで,当時すでに問題になっていた式典会場やそのまわりなどで大騒ぎするバカもほとんどあらわれなかったようです。

汚れるのを気にしながらも,一生に一度の機会だからと晴れ着にブーツ姿の女性も多く見られました。

成人式以外を見てみると,神奈川県大和市のOLは午前11時ごろ,3年前に買ってからほとんど使っていないスキー板を持ち出し,「あんた,信じられない」という母親のあきれた声をものともせず,坂道に何度もシュプールを描きました(16日付朝日新聞より)。

16日付読売新聞には,新宿駅西口からスキーで帰宅するオッサンの写真が載っています。

このように屋外に娯楽を見いだす人も一部にはいましたが,多くの人は外出もままならず,娯楽といえばテレビでした。この日の総世帯視聴率や「NHK青春メッセージ」の視聴率がはね上がった原因はこんなところでしょう。

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1952年1月13日付朝日新聞社会面に

女学生,誘かいさる?

日記にしるされた恐怖の文字

という気になる見出しがあります。

1952年1月12日,三鷹市の会社役員宅から,長女のK塩女子学院中等科2年の智佳子さん(15=仮名)が誘拐されたらしいと警察に届け出がありました。

智佳子さんは同日父兄会があるので学校が休みだからといつわりピアノを習いに行くと午前九時ごろ,小型化粧箱をもって家を出たもので,正月七日,八日両日の日記には「きょうもあの男につけられた」と書かれ,母芙美子さん(46)がこれに気づいて注意したところ,十日の日記には「自分が云ったことを他人に話すと殺すぞ」といわれたと恐怖の文字がつづられており,日ごろ明るい智佳子さんもこゝ数日すっかりふさぎ込んでいたという。

恐怖のストーカーの特徴は「四十歳ぐらいの人相の悪い,強い大阪弁」の男とのことです。

果たしてこの事件の顛末はどうなったでしょうか。それはいずれ……。(ヒント:思いもつかない意外な結末です)

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先週新装オープンした都立中央図書館に今日はじめて行ってきました。

公式サイトなどには前よりも便利になった風に書かれていますが,あんまり変わっていません。むしろ次の2点に関しては悪くなりました。

  • 無線LANが4階でしか使えなくなった。以前は1階でも使えたのですが。
  • 5階の食堂,ドサクサで値上がりしています。すべてのメニューのチェックなどできませんが,少なくともカツ丼は値上がりしていました。

もちろん便利になったところもあり,都内自治体の公式資料が開架資料になっていること(とくに「東京市史稿」と「××区史」が1か所に集まっているのはσ(^^)的には非常にうれしい),数は少ないながら机タイプの書見台ができたことなどは評価できます。

国会図書館と相補的に利用することになると思います。

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今日11時発表の予報の一部↓

東京都 8日11時

東京地方
今日 北東の風 晴れ 夕方 から くもり (111)
明日 北の風 後 北西の風 23区西部 では 北の風
やや強く 雪 昼過ぎ から 雨 (414)
明後日 北西の風 やや強く くもり 時々 晴れ (201) 
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