お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。

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お知らせ
2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)
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昨日06時49分に発生したフェデラルエクスプレス航空80便の着陸失敗炎上事故は記憶も生々しいですが,1990年の今日3月24日,ところも同じ成田空港で強風による事故がありました。

14時10分ごろ,成田に到着したキャセイ・パシフィック航空508便トライスター機(乗員18人,乗客283人)が誘導路を走行中,突風であおられて機体が傾き,主翼の一部が壊れて燃料が漏れ出しました。火災の恐れがあるため乗客全員が非常脱出用の脱出スライドで機外に出ようとしたところ,スライドが風にあおられて乗客らが相次いで地上に投げ出され,65人が負傷しました。

この日,日本海を発達しながら低気圧が通過中で,成田空港では朝から強風が吹き,13時には22.1m/sの瞬間風速が観測されました。

内陸部の丘陵地帯につくられた成田空港はもともとウインドシアの発生しやすいところとして知られており,こんなところに無理矢理空港をつくった連中に責任の少なくとも一端はあるでしょう。

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2000年も今年同様に3月20日が春分の日でした。

この日,日本の東海上の低気圧と黄海にある高気圧の間で気圧の傾きが大きくなり,関東地方を中心に北よりの風が吹き荒れました。

東京では11時23分に最大瞬間風速26.7m/sを観測,館山や熊谷でも25m/sを超える瞬間風速が観測されました。

10時50分ごろ,足立区青井で,14階建てマンションの屋上に携帯電話の基地局を設置するための足場が強風にあおられて倒れ,隣接する家具店を直撃,店舗の屋根と壁が壊れました。

また,架線に飛んできたビニールや傘がからまったりして,常磐線,宇都宮線,武蔵野線,ゆりかもめなどのダイヤが乱れました。

東京消防庁のまとめでは,この日都内で10人が重軽傷を負いました。

このほか,葉山沖では,こんなときにのんきにヨット遊びをしていた芝浦工大ヨット部の5人が乗っていたヨットが転覆して海に投げ出され,ヨット備えつけの救難用ブイにつかまっているところを通りかかった釣り船に救助されました。

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1919年3月20日付東京日日新聞より:

昨夜東京に 大疾風襲来
昨夜七時頃より疾風起りて猛烈に吹捲くり市内各所の招牌屋根等を吹き飛ばし電燈線も所々に故障を生じ品川附近は雹さへ降りたり同夜九時中央氣象臺の報告に據れば十九日夕刻西空に雲現はれ東方に向かつて擴張し來り恰も雷雨の襲來せんとする模樣ありしが午後七時廿分頃より急風起りて砂塵を飛ばし猛烈なる勢いを以て吹募り八時には風速廿二米突に逹し夫より漸次衰ふるに至り又八時頃より雨を伴ひ八時十五分より雷雨となれり

午後7時ごろ,白木屋呉服店の2階に掲げてあった大きさ2間半×2間の大看板が吹き落とされ,通行中の慶應普通部の生徒♂(17)の頭を直撃,生徒は重傷を負いました。

この“疾風”は日本海から北海道に進んだ低気圧(いわゆる日本海低気圧)と寒冷前線の通過によるもののようで,関東地方から北海道にかけて銚子23.5m/s,前橋26.8m/s,秋田26.7m/s,函館21.4m/s,寿都27.3m/sなどの強風が観測されています。

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1985年3月17日,前日開幕した科学万博-つくば'85の一般公開がはじまりました。

開場と同時に待ちわびた人がどっと駆け出したものの,しだいに天気がくずれ,冷たい雨が降りだし,客足は鈍りました。会場近くに17000台分用意した駐車場は終日ガラ空き,東京方面からの車が殺到するはずだった常磐道谷田部インター出口近くの駐車場もすんなり駐車できました。

午後からは雨脚が強くなり,気温は終日7℃前後。

その寒さの中,テクノコスモスの大観覧車には長蛇の列。最大で1時間半の待ち時間がありました。その他,富士通館やくるま館,松下館,NEC館なども人気で,震えながら入館を待つ人々の列が続いていました。

路上のコンパニオンは決まりで傘を持てないため,使い捨てカイロで寒さに耐えていました。

この日の入場者数は66102人。ところが退場者数は81657人。15555人はどこから湧いてきたんでしょう?(笑)

ちなみに,翌18日には星丸ランドのスタージェットが故障して24人を乗せたまま高さ28mで停止するトラブルがありました。また,26日には強風のため,テクノコスモスの大観覧車,KDDIテレコムランドの観覧車,星丸ランドのスタージェットなどが一時運転を中止しました。

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ニンテンドーDS用のゲームソフト……というより内田康夫センセの最新作「副都心連続殺人事件」は東京メトロ副都心線沿線がおもな舞台です。

このゲームに登場する副都心線の駅を南から順に紹介します。

渋谷

東京メトロ渋谷駅

鷹尾笙子さんの家が渋谷区松濤にあります。

北参道

東京メトロ北参道駅 東京メトロ北参道駅

千川家,中森氏のマンション,そして浅見さんと“私”が連行された原宿警察署があります。

原宿警察署

ちなみに,ゲームには

地下鉄の出入り口正面には,門番よろしく,原宿署がにらみをきかせている。

とありますが,実際には出入り口の正面にはありません。

新宿三丁目

新宿三丁目

浅見さんと“私”が副都心線の車内である女性を助けて下車するのが新宿三丁目です。名前がハッキリと出てくるわけではありませんが,絵からわかります。

ちなみに,製作スタッフはどうも通退勤時の副都心線を実際に取材してはいないようです。よほどのことがない限り,空気を運ぶ副都心線,たとえ通退勤時であろうと車内の移動が困難になるほど混むことはありません(笑)

西早稲田

副都心線西早稲田駅

皆口氏のマンションがあります。

池袋

副都心線池袋駅

Y自動車の本社があります。

千川

東京メトロ千川駅 東京メトロ千川駅

最初に浅見さんと“私”が千川用水の取材のために降りた駅です。

東京メトロ千川駅

ところで上の写真に写っている売店ですが,実は営業時間は06時30分から13時までです。つまり浅見さんたちがここで冷たい飲み物を買ったり売店の人と話したりするのは不可能です。ということは……(笑)

どうでもいいですが,おもな人物が住んでいるのが急行通過駅ばかりなのはなぜ?(笑)

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1910年3月15日,大陸から進んできた低気圧が発達しながら日本海を北東に進んでいきました。東京は午前中から南よりの風が吹き荒れ,最大風速は「五十九粁七」に達しました。

この風の影響で,四谷区中町2丁目の学習院跡に建てられた東京鉄道の電柱が倒れ,それに送電線が引きずられて電柱が次々に倒れていき,合わせて9本が倒れました。たまたま通りかかった荷馬車が何台かこの倒壊に巻き込まれ,馬が数頭負傷したようです(うち1頭はかなりの重傷)。

電柱倒壊の他には,次のような被害があったようです。

  • 浅草田中町で納屋が吹き飛ばされて隣家の池に落ちた。
  • 浅草山谷町で憲兵屯所の板塀が吹き倒された。
  • 本郷区駒込千駄木林町で建築中の2階建て家屋が吹き倒されて木っ端微塵に。
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万博開会式の前日の1970年3月13日,大阪では午後から雪が降りはじめ,千里丘陵一帯は白一色におおわれました。

沖縄北方海上から時速五○キロで東北東進した低気圧“台湾坊主”のため,西日本は十三日朝から太平洋岸を中心に雪。大阪管区気象台は同日午後二時半,大阪,兵庫など各地に大雪注意報と,大雪情報を出した。

それによると,近畿地方は十三日夜いっぱい雪の続く可能性があり,ところによってはかなり積るおそれがある。万国博の始る十一時までにあがるかどうかは微妙,といっている。

大阪の平野部で五センチ程度の積雪が見込まれており,会場への交通停滞,招待客の誘導などに混乱の起る心配も出てきた。

(14日付朝日朝刊)

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1969年3月12日の東京は,未明から雪が降りはじめ,15時には積雪が30cmに達しました。これが東京における3月の歴代最深積雪になっています。

というわけで,昨日の日記で紹介した気象庁の名誉回復をかけた思い切った雪予報は当たったかに見えますが……。

予報吹き飛ばす猛吹雪

気象庁また降参

“天気図づくりに数時間”

台湾坊主大あばれ


気象庁でもさる四日の“大はずれ予報”に泣いたばかりなので,昨日の十一日午後には「雪」をいち早く予報したものの「これほど降るとは……」と大あわて。

(12日付読売新聞夕刊)

この大雪のため,例によって国電(当時)はポイント故障が相次ぎ,ダイヤは大幅に乱れました。「国鉄運休は史上最大」(13日付日経朝刊)ともいわれています。懐かしの玉電(東急玉川線)はラッセル車がなかったため,世田谷区三宿付近で13台が立往生したほか各地で電車が閉じ込められ,運転が不可能になりました。

一方,雪の影響を受けなかった地下鉄は“殺人ラッシュ”。窓が割れ,けが人続出,機動隊まで出動する始末でした。とはいうものの,殺人というわりには誰も死ななかったようです。

またこの日,東大人文系大学院(修士課程)の入試が,反代々木系学生の妨害を避けるため,学内ではなく代々木ゼミナールで行なわれましたが,この雪の影響で試験は20分遅れてはじまりました。地方からの上京組も多く,「この雪だし,場所はわからないし……」とボヤく学生も多かったとか。

ちなみに,“反代々木系”といっても別に“親身の集金 日々是決算”の予備校に反対していた集団でないことはいうまでもありません。

反代々木系といえば,日大の反代々木系のボス,日大全学共闘会議議長の秋田明大(23)という人物が,渋谷区神宮前の知人宅に潜伏中,雪かきをしているところを通報され,逮捕されたのもこの日でした。

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1969年3月12日付朝日新聞朝刊より――:

「関東地方きょうは雪模様」

気象庁が思いきった予報 名誉回復へ


十二日は関東以西から近畿地方の太平洋側に,またかなりの雪が降る――「雪予報」は,からっきし当てにならない気象庁が,名誉ばん回と十一日,かなり思いきった雪予報を出した。この朝,台湾付近に「台湾坊主」といわれる低気圧が発生,発達しながら北東に進んできたからだ。

果たしてどうなりましたことやら……。

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1973年3月4日,ハイセイコーが中央競馬に颯爽とデビューしました。

この日,南海上の移動性高気圧におおわれて午前中は晴れていましたが,日本海と九州の南海上に低気圧が進んできたため,午後からくもってきました。しかし,気温は平年並で,競馬観戦にはまずまず。こんな陽気も手伝って,第10回弥生賞が行なわれる中山競馬場には,ハイセイコーをひと目見ようと前年の有馬記念より多い12万人を超える大観衆が詰めかけました。スタンドには観客があふれ,金網を越えて観客が芝コースにこぼれ落ちたという伝説は実話で,映像にも残っています。

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1973年 3月 4日(日) 1回中山4日  天候: 曇   馬場状態: 良
10R  第10回報知杯弥生賞
4歳・オープン  芝 1800m   10頭立
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着枠 馬  馬名               性齢 騎手     斤量 タイム 人     廐舎
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1 6  6  ハイセイコー    牡 4 増沢末夫  55  1.50.9  1  鈴木勝太郎
2 5  5  ニューサント    牡 4 伊藤正徳  55  1 3/4  6  尾形藤吉
3 4  4  キクカギョクリュウ 牡 4 東信二   55  1 1/2 10  境勝太郎
4 8  9  カミノテシオ    牡 4 加賀武見  55  アタマ  3  高橋英夫
5 1  1  ベルロイヤル    牡 4 矢野照正  55  1 3/4  8  阿部正太郎
6 2  2  タケデンパワー   牡 4 岡部幸雄  55  クビ    7  稲葉秀男
7 3  3  タケホープ     牡 4 嶋田功   55  2      4  稲葉幸夫
8 7  7  ナスノオーカン   牡 4 田村正光  55  3/4     9  稲葉幸夫
9 8 10  クリアスカ     牡 4 郷原洋行  55  9      5  吉野勇
10 7  8  ユウシオ      牡 4 横田吉光  55  2 1/2  2  菊池一雄
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LAP :13.0-11.9-11.6-11.9-11.3-12.4-12.9-12.9-13.0
単勝 6 \110    複勝 6 \130 / 5 \290 / 4 \340
枠連   5-6 \760 (4)
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ところで,“地方から中央入り”などといわれたハイセイコーですが,ハイセイコーが所属していたのは大井競馬で,大井競馬場はご存知のように東京都心のど真ん中(からはちょっとハズレてはいますが)にあり,都下にある東京競馬場や千葉県にある中山競馬場なんかよりはるかに都会です。これでは“中央入り”というより“都落ち”が正しいでしょう(笑)

ついでに,ハイセイコーが引退するとき「さらばハイセイコー」というレコードが出たことはよく知られていますが,しばらくして「ハイセイコーよ元気かい」というレコードが出たことを知る人は少ないでしょう。作詞は寺山修司なのですが……(どうでもいいですが,私はこの人の詩や文章が好きじゃないです。あのなんともいえないひねくれた暗さに拒否反応が起こります)。さらにそれから4年後,「いななけカツラノハイセイコ」というレコードが出たことを知る人は,いまや絶滅寸前のレッドデータ的存在。「♪父よ見てくれ この脚を……」などと今でも歌える私は人間国宝級(爆) 残念ながらどこのカラオケにもない……。

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大雪に関する関東甲信地方気象情報 第3号
平成21年3月3日16時30分 気象庁予報部発表

(見出し)
関東甲信地方では、これから4日明け方にかけて広い範囲で雪となり、甲信
地方や関東地方の南部では大雪となるところがあるでしょう。雪による交通
障害、路面の凍結、着雪などに注意して下さい。

(本文)
[気象状況と今後の予想]
 3日夜から4日朝にかけて、低気圧が関東の南海上を東に進む見込みです
。
 3日16時現在、甲信地方で雪が降っており、すでに積雪となっていると
ころもあります。また、関東地方でも雪の降り始めているところがあります
。
 関東甲信地方ではこれから4日明け方にかけて広い範囲で雪となり、甲信
地方や関東地方の南部では大雪となるところがあるでしょう。

[降雪の予想]
 4日18時までの24時間降雪量は、いずれも多い所で

  関東地方南部の山沿いと甲信地方   10から15センチ 
  関東地方南部の平野部と関東地方北部  5から10センチ

の見込みです。

[防災事項]
 雪による交通障害、路面の凍結、着雪などに注意して下さい。

[補足事項]
 今後、地元気象台の発表する注意報や気象情報に留意して下さい。
 次の「大雪に関する関東甲信地方気象情報」は3日22時頃発表の予定で
す。

こういうときはサービス残業なんてしていないでとっとと帰りましょう。

万延元年三月三日の上巳の節句,早い話がひな祭り,頃は五ツ半時(午前9時ごろ),あかりをつけましょ ぼんぼりに――ではなくて,総勢60余人からなる大老伊井直弼の行列が桜田門外にかかったとき,お花をあげましょ 桃の花――でもなくて,18人の水戸浪士らが行列に襲いかかり,五人ばやしの 笛太鼓――いいかげんシツコいですが,早い話が大老を暗殺しました。世にいう桜田門外の変です。

赤穂浪士の討ち入り二・二六事件の襲撃のときは実際には雪は降っていなかったのですが,このときは実際に雪が降っていました。と,見てきたようなことをいう>σ(^^;)

60余人ものお供の者がついていながら大老をむざむざ討ち取られてしまったのは,すべてが戦闘員というわけではなかったからということもあるでしょうが,もっとも大きな理由は,この日は朝から雪が降っていたため,雪水がしみるのを防ぐために刀に柄袋をつけていて,刀をなかなか抜くことができなかったからといわれています。さらには,テロ集団がまさか白昼堂々と襲ってくることはないだろうという,油断というより固定観念のようなものがあったのかもしれません。

万延元年三月三日は今の暦では1860年3月24日にあたります。晩雪ではありますが,現在の平年値でも東京の終雪は3月11日,3月の降雪日数は2.2日ですから,とくに珍しい現象というほどではありません。ちなみに3月の最深積雪は1969年に記録した30cmです。

桜田門外の変のあと,文久二年正月十五日に老中安藤信正がやはり水戸浪士らに襲われる坂下門外の変が起こりました。このときは老中側のテロ対策が抜かりなかった……というよりも襲撃側の計画がかなりズサンだったらしく,老中は軽傷を負っただけで,襲撃側が全滅しました。この日は現在の暦では1862年2月1日にあたり,時期から見て雪が降っていたかも……と思ったのですが,どうやら雪が降っていたという記録はないようです。

余談ですが,筆者は桜田門と聞くと桜田門外の変よりもむしろ警視庁が真っ先に思い浮かぶのですが,これは土曜ワイド劇場や今はなき火曜サスペンス劇場の見すぎなのでしょう。

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