お天気,暦,競馬などに関するメモです。以前発行していたメルマガ「能天気Express」のブログ版みたいなものです。

2009/101234567891011121314151617181920212223242526272829302009/12

お知らせ
2008年6月2日以前の記事は他のブログからインポートしたため,画像へのリンクが切れています。画像の元データはどこかにあるはずですが,どれがどの画像だったのかわからなくなっているし,新たにサイズなどを変換するのが面倒なため,問い合わせをいただいても画像を復活させることはしません。まあ,大して貴重な画像があるわけではないですから(笑)

1919年11月20日,玉川上水で松本虎雄訓導が殉職しました。

21日付の東京朝日より:

昨日午前十一時頃麹町永田小學校の全校生徒五百名は府下井の頭方面へ遠足に向ひたるが一行中の三年生永田俊雄《ながたとしを》(十一)が誤つて附近の淨水に陷りたれば受持教師なる訓導松本虎雄(三二)は即座に後より飛込み救ひ上げんとせしに却て自分が流れ行方不明となりたるが俊雄は幸ひに岸に取縋り辛うじて助かりしも虎雄氏は水深一丈餘の塲所なれば搜索に大困難を爲し未だ判明せず橋本麹町區長等は自動車を驅つて現塲に急行して引續き搜査中なり

あんなところで溺れるなんて今では想像できませんが,当時はかなり流れが速くしかも渦を巻いており,新聞によると,この年の夏以降だけで5人の死者が出ていたとのことです(ホントかどうかわかりませんが)

今であれば,間違いなく管理者(校長など)の責任が問われますね。当時はそんな概念はおそらくなかったことでしょう。

太宰治の『乞食学生』には次のようにあります。

万助橋《まんすけばし》を過ぎ、もう、ここは井の頭公園の裏である。私は、なおも流れに沿うて、一心不乱に歩きつづける。この辺で、むかし松本訓導という優しい先生が、教え子を救おうとして、かえって自分が溺死《できし》なされた。川幅は、こんなに狭いが、ひどく深く、流れの力も強いという話である。この土地の人は、この川を、人喰い川と呼んで、恐怖している。

この事故は小野さつき訓導にも大きく影響を与えたようです。3年後に起こった小野さつき訓導の殉職については能天気Express〜新世界版〜 七夕の白石川の惨事をご覧下さい。

にほんブログ村 環境ブログ 天気・気象学へ
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://notenkiexpress.blog95.fc2.com/tb.php/653-c1d4a29c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック